ミステリ読書録

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千早茜/「おとぎのかけら 新釈西洋童話集」/集英社刊

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千早茜さんの「おとぎのかけら 新釈西洋童話集」。

デパートでお母さんとはぐれるのは初めてじゃない。デパートに来ると、いつもお母さんは自分の
ことで精一杯になってしまう。でも、あたしが迷子になるとお母さんはあたしをひっぱたく。何度も、
何度も。いつもは、あたしが迷子になると、お兄ちゃんがあたしを迎えに来てくれる。今回も、
そうだった。でも、あたしはもう、お母さんの元に戻りたくなかった。だから、お兄ちゃんが
迎えに来てくれても、あたしは帰りたくないって言った。もう、限界だった。そうしたら、
お兄ちゃんは、あたしをデパートから連れだしてくれた――(「迷子のきまり(ヘンゼルと
グレーテル)」)。西洋童話を現代風にアレンジした七作を収録した異色短編集。


小説すばる新人賞泉鏡花文学賞同時受賞作の魚神(いおがみ)の著者の第二作目。
個人的にかなり気に入った世界観の作品だったので、二作目を楽しみにしていました。本書はまた、
一作目とは大分趣を変えた作品集。「ヘンゼルとグレーテル」「白雪姫」「いばら姫」などの、
西洋童話のストーリーを現代風にアレンジしたもの。童話の持つ残酷さはそのままに、現代に潜む
悪意や毒をさらりと盛りこんでいて、ぞくぞくさせられました。一編が短いのでそれほど読み
応えはないけれど、なかなかどれも巧いな、と思わされました。『魚神』で感じた独特の退廃感や
官能的な艶っぽさは本書の中にも通じるものがあるな、と感じました。あちらはファンタジーであり、
完全に異世界の話なので、ジャンルは全く違うのですが。この方の感性はやはり自分好みだな、
と思わせてくれる作品でした。あとがきによると、もともと著者は西洋童話は苦手で、日本の
童話に比べて反発心を覚えるものであったそうですが、童話の中に潜む残酷さや理不尽さは、
実際の人間の歴史にこそ潜むものであると気付き、自分も童話の住人となり得ることがわかった
ことから、着想を得たようです。どの童話を選ぶかは完全に編集者任せにして、著者の意向は
一切入れずに書いたというのが面白い。普通は、自分の思い入れの強い作品を題材にしたりする
ものだと思うんですが。まぁ、基本的に西洋童話が苦手だったというから、先入観なしに書きた
かったのかもしれませんが。


以下、各作品の感想。

『迷子のきまり(ヘンゼルとグレーテル)』
母親から虐待されている幼い兄妹がある日、母から逃げ出し、ある行動に出るまでを描く。
ヘンゼルとグレーテルがたどり着いたのは美味しいお菓子の家でしたが、ここで出てくる
いたいけな兄妹がたどり着いたのは、いけないお部屋でした。妹を守るお兄ちゃんの強さと
その行動の黒さに胸が痛みました。

『鵺の森(みにくいアヒルの子)』
小学生の同級生翔也と再会した堤。当時同級生からいじめられていた翔也は、あの頃堤が彼に
対して犯した罪をすべて知っていた。
翔也の何もかもを見透かしたような得体の知れなさにぞくりとさせられました。鵺は本当に
存在したのか。鵺といえば、正史の悪霊島の映画の『鵺の鳴く夜は恐ろしい』のセリフを
思い出します・・・ほんとに、あのCM怖かったよなぁ・・・。この作者、やっぱり正史好き?
(前作で一番強烈だったのが主人公の片割れの名前が『スケキヨ』だったことだったからな^^;)。

カドミウム・レッド(白雪姫)』
有名な画家の叔父の絵の裸体モデルになったわたし。叔父の妻・美智子は若いわたしに嫉妬
している・・・。
人形のような主人公と叔父の関係がどこかエロティックで、それに嫉妬する美智子の悪意が怖かった。
衝撃的なラストシーンに息を飲みました。あの状態でも笑える神経って。一番怖いのはやっぱり
主人公なんでしょうね。

『金の指輪(シンデレラ)』
資産家の父から莫大な遺産を受け継いだ静は、フリーターをしながら、幼い頃にピアノ教室で
出会った少女を捜していた。少女が残した小さな小さな金の指輪だけを頼りにして・・・。
これはあまり毒がなく、原典を踏襲してか、ハッピーエンドの結末で読後感は良かったです。
意地悪な継母役が出てこないせいか(苦笑)、毒がない分ちょっと物足りなかったかも(黒好き)。

『凍りついた眼(マッチ売りの少女)』
身を鬻ぐ少女の瞳に魅入られた男は、夜毎少女の閨を覗き見るように。
これは一番『魚神』の世界観に近いかも。鋏で少女をいたぶるシーンには嫌悪感を覚えました。
でも、少女がそれを我慢していた理由に胸が締め付けられました。原典のラスト同様、ただただ
少女が哀れになりました。

『白梅虫(ハーメルンの笛吹き男)』
正月に帰省していた彼女の美樹が祖父の形見分けでもらった盆栽。しばらくすると、盆栽の幹に
びっしりと得体の知れない虫が寄生するようになってしまった。植物に詳しそうなカフェの
美しい女性に相談すると、虫避けの鈴を渡される。
虫がイヤ~~~(><)。ぞぞぞ。私だったら速攻捨てたくなるかも。いくら形見でも・・・。
そのまま家に置いておける心理が理解出来ません・・・。男の身勝手が仇になり、女の執念は
恐ろしい、というお話。ラストは、出来れば主人公の方に天誅が下って欲しかったけど、そっちに
矛先が行くのが女の嫉妬なんでしょうね。

『アマリリス(いばら姫)』
認知気味の祖母は、起きている間少女時代に戻った言動をする。彼女は少女時代からずっと
『何か』を待っているのだ。そして、私も――。
主人公の不倫の顛末はありきたりですが、祖母のさやちゃんとしげちゃんの話には優しい気持ちに
なれました。子供時代の約束をどちらもずっと忘れずに覚えていて、何十年も経ってからそれが
果たされる、その瞬間が感動的でした。でも、いばら姫ってこんな話だったっけ??




なかなか好みの作品集で、面白かったです。ストーリー的にはそれ程奇抜さはないけれど、
作品に潜むひやりとした黒さとか毒の感じは非常に好み。今度は是非日本の童話シリーズで
書いて欲しいな~。でも、「かちかち山」とか「おむすびころりん」とかだったらどう現代風に
アレンジしていいのかわからなそうだけど(苦笑)。まぁ、大抵の童話は何かしら教訓めいた
ことが入れられているから、どんな童話でも書けないことはないでしょうけどね。

装幀も作品に合っていて素敵。なかなか将来が楽しみな作家さんになりそうな予感。
今後の活躍に期待したいですね。