ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

辻村深月/「ツナグ」/新潮社刊

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辻村深月さんの「ツナグ」。

友達も恋人もいない、冴えないOLの平瀬愛美。飲み会の帰りに酔いつぶれて過呼吸を起こした時、
たまたま通りがかって助けてくれたのがタレントの水城サヲリだった。その日から、サヲリの
ファンになった愛美は、彼女をブラウン管で観ることが生きがいになった。しかし、突然サヲリ
は38歳の若さで謎の死を遂げてしまう。ワイドショーは彼女の死についてさまざまな憶測を
報道した。愛美は、噂で、一生に一度だけ死者と生者を会わせることが出来るという使者(ツナグ)
の存在を聞き、サヲリに会う為使者に連絡を取った。しかし、現れた使者は、お洒落なコートを
着た普通の少年だった。使者の仲介でサヲリと再会出来ることになった愛美は――(『アイドル
の心得』)。生と死を見つめた、著者渾身の連作長編ミステリー。


辻村さんの最新作。多分、他作品とのリンク一切なしの純粋なノンシリーズ作品(私が気づいてない
リンクがある可能性もありますが^^;)。死んでしまった人間と生者を一生に一度だけ再会させる
ことが出来る使者(ツナグ)の少年と、彼に依頼をする人間たちによる感動ミステリーです。
とにかく、構成の巧さに唸らされました。一作進むごとに、『使者』に依頼する側のストーリー
から少しづつ『使者』の少年側のストーリーにシフトして行って、最初は正体のわからない
無機質な印象だった少年が、少しづつ感情を持つ生身の人間であり、彼自身も使者としての
苦悩を抱えて仕事をしていたことがわかって行きます。そして、ラストの一作で、彼自身が
過去の柵と向き合い、それをいかに乗り越えていくかという、彼の心の成長と決意が描かれます。
死者に対する後悔を抱えた依頼人が、死者と再会して何を話し、どう思うのかが各短編の
テーマですが、依頼人と使者との交流も読みどころの一つ。一作目の『アイドルの心得』では
完全に事務的なやり取りで終わっていますが、一編ごとに使者(ツナグ)が素の顔を覗かせる
ようになって、依頼人とのやり取りも人間味あるものになって行きます。読み始めは使者って
てっきりファンタジックな存在なのかと思っていたので、だんだんと明かされて行く彼の正体
には驚かされました。特に三作目の『親友の心得』での、意外な人物が使者と繋がっていることが
わかるくだりには唸らされました。ちゃんと伏線も張られているところがさすが。さらりと
描かれる描写にきちんと意味があるところが辻村さんの凄さ。一編ごとに感動させられることは
もちろん、一冊通しての仕掛けもきっちり施されている辺り、ほんとに、この作家には毎度
ながらやられっぱなしです。心の琴線に触れる作品の書き方を心得てるひとだと思う。今まで
ノンシリーズの作品ではいまひとつ好みど真ん中っていう作品がなかったのだけど、これは
ほんとに良かったです。きちんとミステリとしての読ませ所も入っているし、何より、生者と
死者、そしてそれを繋ぐ使者という仲介者の存在を介して、自分自身も生と死について考えさせ
られるところが良かったですね。『使者』のシステムは少々ご都合主義的に感じるところも
あるのですが、その設定のすべてがラストできちんと効いてくるところがニクイ。
一作の連作ミステリーとしては、非常に完成度の高い作品なのではないでしょうか。生と死を
考えさせる設定というのは結構ありがちだし、感動させようという意図が透けて見えてしまうと
かえって興ざめな作品になったりしかねないけれども、そこをきっちり読ませる作品に仕立てる
手腕はお見事としか言い様がないですね。
辻村さん、そろそろ、直木賞候補常連になるんじゃない?(『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』は
ノミネートされたのだっけ??)実力的にはもう何らかの賞を獲っても何らおかしくないと
思いますけどね。



以下、各作品の感想。

『アイドルの心得』
マイノリティーな鬱屈したOL心理描写がほんとに巧い。水城サヲリのモデルは当然、あの亡くなった
女性マルチタレントでしょうね。私も、彼女の死は本当にショックだった。それにしても、酔った
若い女の子を放り出して去って行ってしまった後輩OLたちの醜い人間性には腹が立ちました。
他人を傷つけても平気な顔をして笑える神経は私には理解出来ません。

『長男の心得』
最初依頼人の畠田の傲慢な態度にはムカついたのですが、彼には彼の長男としての懊悩があり、
ずっと苦しんで生きてきたことがわかって、印象が変わりました。それに、ラストでの使者
とのやり取りが好き。母親は最初から彼の本質がわかっていたのですね。母親とのやり取りにも
ジーンとしてしまいました。

『親友の心得』
これはもう、辻村さんの真骨頂って感じの作品。高校生女子同士のひりひりした人間関係や
心理描写が読んでて痛いのなんのって。二人がアイドル視しているアユミくんが実は・・・
というところにビックリ。でも、『わたしには、絶対敵わないよ』のセリフの真相にはちょっと
首を傾げてしまいましたが・・・。そんな聞き間違いあり得るかなぁ?使者からの『伝言』を
知った後の嵐の絶望に胸が塞がれる思いがしました。女の友情って怖い・・・。

『待ち人の心得』
キラリの真意が明かされるにつれて、ほんとに読むのが辛くなりました。彼女が待ち望んでいた
未来が現実のものになっていたらどんなにか幸せだったのでしょう。現実になる筈だったのに。
現実はどこまでも彼女に厳しく、彼女の純真さと現実の不条理さに暗鬱な気持ちになりました。
彼女が残した『大事なもの』で、彼女の依頼人への想いがどれほど真剣で重かったのかがわかって
悲しかったです。

『使者の心得』
今までの使者としての仕事の裏側が明かされ、こういうからくりになっていたのか、と気付かされ
ました。使者側の視点になったことで、今までの依頼の裏側で行われていたことや、使者が
その時どう考えていたのかが仔細にわかり、その構成の巧さに唸らされました。彼自身も使者
としての悩みを抱え、見習いとして逡巡しながら仕事をしていたのですね。ラストで明らかになる
彼の両親の事件の真相には目を瞠りました。『使者』の設定がこんな風に効いてくるとは。
ラストの使者としての少年の決意に清々しい気持ちになりました。今後も彼は使者として
たくさんの生者と使者を繋いで行くのでしょう。そして、いつか彼自身の役目が終わった時、
一番会いたい人と再会するのでしょうね。事件の真相が後味の悪いものでなくて、本当に良かった
と思いました。




読み終えて、静かな感動に打ち震えました。醜くて痛い人間心理を盛り込みながらも、最後は
心に響く感動作になっているところがさすが。ほんとに、心の琴線に触れる作品を書くのが
巧いひとだね、辻村さんは。
人生にたった一度だけ、死んだ人に会えるとしたら。自分だったら、一体誰と会うのだろう。
きっと、読んだ誰もがそう自問したくなるんじゃないかな。良作でした。オススメです。