ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

池井戸潤/「下町ロケット」/小学館刊

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宇宙科学開発機構の研究員だった佃航平は、実験衛星打ち上げロケットの打ち上げ失敗により辞職
を余儀なくされ、父親の死に伴って家業の佃製作所を継いで7年が経っていた。大口の取引会社
から取引停止を告げられピンチに陥っている中、ライバル会社から特許侵害の疑いで訴えられ、
会社は倒産の危機に瀕していた。そんな中、政府公認のロケット製造開発を任された大手の帝国重工
から、佃製作所が特許を取っているバルブシステムの特許を20億で譲り渡して欲しいという
要請がもたらされた。しかし、佃は自分たちが巨額の研究費を投入して開発した技術を譲り渡す
ことは出来ないと突っぱね、それならば特許の使用契約を結んで欲しいという妥協案も却下し、
自分の会社でロケットエンジンの部品を作らせて欲しいと提案する。帝国重工側は渋るが、
ロケットの製作期限が迫っていることもあり、佃製作所が帝国重工で行う企業調査テストに
パスするかどうかで供給の判断をするということになった。帝国重工の厳しいテストを潜りぬけ、
佃製作所の部品で下町工場の夢を載せ、ロケットを飛ばすことが出来るのか――傑作企業
エンターテイメント長編。


池井戸さんの新作。昨年の最後に読んだ本です。400ページを超える長編ですが、池井戸
さんらしい痛快で爽快な企業エンタメ作品。読み始めたら面白くて面白くて、ページを繰る手が
止められず、気がついたらクライマックスまでほぼノンストップで読み通しておりました。
毎度ながら、本当にこのリーダビリティは素晴らしい。前作『民王』は政治がテーマな割に
軽めの作品で、少し物足りなさも感じたのですが、本書は空飛ぶタイヤ』『鉄の骨』を彷彿と
させるような、読み応えのある企業エンタメ小説でした。今回も出て来る登場人物それぞれの
キャラ造形が抜群に良い。研究畑から家業を継いだ主人公佃の、会社経営における苦悩や迷い
がダイレクトに伝わって来て、終始感情移入しながら読めました。社長として会社の利益を
考え、社員に給料を払わなくてはいけない立場の佃ですが、元研究員として、自分の作った
部品でロケットを飛ばすという夢を追いかけたい情熱も捨てられない。そこに社員との軋轢が
生じ、佃の思いは迷走します。結局、佃は自分の夢を押し通し、社員の気持ちは離れて行く。
そこで、自分の夢を貫く選択は社長としては失格なのかもしれませんが、私はそこまでの
情熱と誇りを持って仕事をしている佃の思いに胸が熱くなり、応援したくなりました。リスクを
顧みず自分たちのやってきたことを信じて敢えて荊の道を行く。職業人として最高にカッコイイ
ではないですか。まぁ、それに振り回される社員にしてみたらたまったものじゃない、という
気持ちも良くわかるのですが。自分が社員の立場だったら、やっぱり社長のワンマンな姿勢に
反発心を覚えるのかもしれません。どちらの立場に立っても感情移入出来るところが、池井戸
作品のいいところ。一人一人のキャラ造形や内面描写がしっかりしている証拠ですね。

今回、特に良かったキャラは、なんといっても銀行から出向してきた殿村さんでしょう。古巣の
銀行よりも、佃製作所を選んだ殿村さんの言動に何度ぐっと来たことか・・・!こういう人が
一人会社にいてくれたら、会社の雰囲気もぐっと良くなるでしょうね。佃製作所にとっては、
唯一無二の人材だと思います。窮地に陥った時ほどその人の本性が出ると思うのですが、殿村さんの
本性はどこまで行っても『<出来る>いい人』でした。ラストの涙も良かったなぁ・・・。
あと、神谷弁護士もかっこ良かったし、帝国重工の財前の存在も効いてましたね。

経営難に陥った下町工場に融資を貸し渋る取り引き銀行の非常な対応などの部分は、池井戸さん
らしい金融エピソード。長く付き合って来た取引先の会社をあっさり切ろうとする白水銀行の態度
には、本当に腹が立ちました。終盤、佃製作所の境遇が変わった時の態度の豹変にも呆れましたが、
毅然とそれを突っぱねる佃の言葉にスカっとしました。

前半の特許を巡る訴訟の結末も、後半の佃製作所がロケット部品を供給出来るかの結末も、
予定調和でご都合主義な展開なのは間違いないのですが、今回も、その予定調和がなんとも
痛快で、読み終えて爽快な気持ちになりました。一年の最後に読むには最良の作品だったのでは
ないでしょうか。いい読書で締めくくれて良かった。最後に黒べることかほんとに勘弁して欲しい
ですからねぇ・・・^^;;

仕事における佃製作所の社員たちの矜持に身につまされる気持ちになりました。自分の仕事に
誇りをもつってやっぱり必要なことですよね。仕事に対して夢を持つことも。なかなか、そういう
仕事に巡り合えるものではないというのが多くの人の現状でしょうけれど・・・。でも、そういう
基本的な、仕事における大事なことを思い出させてくれる作品でした。

下町の中小企業が、夢を叶えて羽ばたく姿に胸が熱くなりました。
欲を云えば、佃と娘の確執部分の扱いがちょっと中途半端だったので、もう少し掘り下げて
欲しかったかな。自分が佃の娘だったら、こんなカッコイイお父さん自慢しちゃうと思うけど、
身内から見ると、複雑な思いがあるんでしょうね。思春期の娘を持つお父さんは大変だ。

自分も、佃製作所の一員のような気持ちになって、一喜一憂、ワクワクドキドキしながら
読みました。最近面白い本読んでないなぁという方、是非一読をオススメ致します。宇宙工学
の小難しい薀蓄などほとんどありません。誰でも楽しめる熱き企業エンターテイメントの快作でした。