ミステリ読書録

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東野圭吾/「麒麟の翼」/講談社刊

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東野圭吾さんの「麒麟の翼」。

ある夜、日本橋交番につめていた巡査は、一人の男が交番の前をふらつく足取りで通り過ぎるのを
目撃した。覚束ない足取りで日本橋方面に歩く男の姿を追っていると、日本橋の中程にある二体の
麒麟像が置かれた装飾柱の辺りで動かなくなった。酔って寝入っているのだろうと当りをつけた
巡査が側に近寄ってみると、男の胸にはナイフが刺さっていた。男は何故ナイフで刺されながらも
麒麟像を目指したのか。早々に一人の男が容疑者として浮かび上がり、事件は早期解決かと思われ
たが、容疑者は現場から走って逃げた直後に交通事故に遭って瀕死の状態であり、自白は期待出来
なかった。さらに、事件を担当する加賀と松宮が捜査を続けると、次第に意外な事実が浮かび上がり、
事件は混迷を深めて行く――加賀シリーズ第9弾。


待ちに待った東野さんの加賀シリーズ新刊。『最高傑作』の煽り文句には確かに首を傾げるところも
ありますが、加賀シリーズってだけで読むテンションは上がり、加賀さんが出て来るだけでも
十分楽しく読めました。毎度ながら、ほんとに加賀さんの捜査のやり方と洞察力にはシビレます。
ドラマでは『新参者』にも登場した松宮ですが、原作では『赤い指』以来の加賀・松宮コンビ
なのですね(『新参者』には松宮は出て来ないので)。『恭さん』の呼び方をわざわざ『加賀さん』
に正したりするところは、ドラマとの違和感を無くす為だったりするのかな、と穿った見方をして
しまいました。東野さんって、ファンサービス旺盛な方だから、ついつい勘ぐってしまう(笑)。

今回も、軸となるのは親子の問題。最近の東野作品は、家族の繋がりや絆をテーマにすることが
とても多い気がしますね。特にここ最近の加賀シリーズは、加賀さん自身の親子問題のことも
あってか、必然的に親と子がメインのテーマとなっているように感じます。被害者が瀕死の状態
になっても日本橋麒麟像を目指した理由に、切ない気持ちになりました。その思いを、ほんの
小さな違和感を突き詰めることによって物事の本質を見抜き、明らかにさせた加賀さんの手腕には、
今回もただただ脱帽でした。もう、ほんとにかっこいいなぁ、恭さんは!しかも、そのお手柄を
決して自分の物にはしないで、他人に譲ってしまうのだから。本来なら、とっくにその功績を
讃えられて昇進していて然るべきなんでしょうけどね。どこまでも、現場で歩きまわる刑事の
仕事に拘っているのでしょうね。まぁ、ファンとしても、そういう加賀さんのままでいて欲しい
とも思うのですけどね。
なんとなく、日本橋署に来てから今までよりも随分雰囲気が柔らなくなった感じがして、それは
それで素敵です。でも、譲れないことに対する厳しさは失っていない。今回も、ラストで加賀
さんが教師の糸川に突きつける言葉が胸に突き刺さりました。加賀さん自身が、教師をやって
いた経験があるからこそ、重く響いて来る言葉ですよね・・・。もし、加賀さんが教師を続けて
いたら、救われた生徒がどれだけいたのだろう。そう思うと、ちょっと勿体ない気もするけれど、
やっぱり加賀さんには刑事が一番似合う。粘り強く歩きまわって、小さな齟齬から事件を解決し、
関わった人たちの心まで解きほぐしてしまう、唯一無二の刑事でいて欲しいと思います。

加賀さんが松宮に言った言葉が胸に重く響きました。

『殺人事件ってのは、癌細胞みたいなものだ。ひと度冒されたら、苦しみが周囲に広がって
いく。犯人が捕まろうが、捜査が終結しようが、その侵食を止めることは難しい』

加賀さんはいつだって、その癌細胞の侵食を少しでも食い止めようと頑張っているのだろうな、
と思いました。事件に関わった人々に殺人事件という名の癌細胞が侵食して行くのなら、それを
食い止め、少しでも癒す手立てを探して、その人達にとっての事件も終わらせるようにと。

『赤い指』のラストで素敵な活躍をした看護師の金森さんが今回もいい味を出していました。
加賀さんが、金森さん相手だとちょっぴり子供みたいになるのが可笑しい(多分、金森さんの方が
年下だと思うのに)。二人の会話は重い事件の中にあって、一服の清涼剤のように効いていました。
最後に、金森さんとの待ち合わせに遅れそうになって、焦って駆け出す加賀さんの姿がなんだか
とっても可愛くて、嬉しくなっちゃいました。そういう人間味のあるところをたまに見せてくれると、
ファンとしてはほっとします。

今回出て来た日本橋七福神巡り』ですが、実は私もやったことがあります。水天宮ももちろん
行きました。でも、私も水天宮=安産祈願としか思ってなかったなぁ。もう一つのご利益のことは
全然知らなかったです。『新参者』でも安産祈願の方で出て来ましたし、最初は「また?」と思った
ところもあったのですが、さすがに一捻りありましたね。


犯人自体は意外でしたし、事件の背後に隠された被害者の思いにも胸が熱くなったし、加賀さんは
カッコイイし、やっぱり加賀シリーズは面白いなぁとほくほくしながら読みました。確かに著者が
言うところの「『赤い指』と『新参者』を融合させたような作品」ってのは間違いじゃないと思います。
ただ、個人的には『新参者』の方が傑作だと思うなぁ。新作の度に、『最高傑作』と謳う出版社側
の煽りってどうなんだろうと思う。そう言われちゃうとどうしたって期待するレベルが上がって
しまって、結果『アレレ?』ってなっちゃうんだと思う。どちらが上とかのレッテルを貼るような
煽りではなく、その作品ごとの良さを表すような帯を考えるべきなんじゃないのかな。
・・・一読者のたわごとでした^^;

でも、加賀シリーズってだけで、桃べる子化しちゃう盲目的ファンの私なのでした。えへ。


ちなみに、本書の増刷分の印税はすべて東日本大震災義援金として寄付されるそうです。
さすが御大。知ってたら、買っても良かったなぁ。でも、もう読んじゃったからなぁ・・・。