ミステリ読書録

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京極夏彦/「オジいサン」/中央公論新社刊

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京極夏彦さんの「オジいサン」。

益子徳一、七十二歳、独身。定年後の人生を慎ましく送る独居老人の生真面目で平凡な日常を、
そっとすくい上げて、覗いてみると――。可笑しくて、温かくて、すこしだけ切ない「老人小説」
(紹介文抜粋)。


京極さんの最新刊。また変わった題材を選んで来たなぁ、と手にとってタイトルと表紙を見た
瞬間ちょっと戸惑ったのですが。作家名伏せて表紙だけ見せたら、絶対京極さんの作品だと
気づかれないんじゃないでしょうか。一体どうしちゃったの、と恐る恐る読み始めました^^;
内容は、七十を過ぎた独居老人(結婚歴なし)の日常と心理描写を追った、なんてことはない
作品なんで、途中ちょっと中だるみというか、退屈に感じるところもないではなかったのですが、
読み続けていると、だんだん徳一さんのキャラが魅力的に思えて、徳一さんの次の一挙一動に
ハマって来て、ぐいぐいと読まされてしまいました。なんとも、不思議な小説です。ページを
めくる度に左下の時計の絵の針が進んで行くのも面白い趣向。ページを進めると、小説の中の
時間がどれだけ進んでいるのかわかるという。京極さんらしい装幀への拘りだなぁと嬉しく
なっちゃいました。

主人公の徳一さん、生涯独り身を通し、取り立てて趣味もなく、仕事をリタイアした後は
ただ只管同じような平凡な日常をのんびり生きています。なんだか独居老人の変化の
ない生活に侘しい気持ちになりかけたのですが、徳一さん、生真面目で、しっかり自分の
信念を持っている上に、基本ポジティブなので、全然寂しそうじゃないんですね。
ちょっとした日常の変化に一喜一憂したり、たまに訪れる田中電気の二代目と世間話したり
するだけで、十分楽しく老後を過ごしている。普通、一人で暮らしている老人ってだけでも
なにか悲壮感を感じてしまったりするのですが、徳一さんにはあんまりそういうのを感じ
ませんでした。『老人小説』っていうから、もっと枯れた侘しい作品なのかな、と思って
いたのですが、なんだかほのぼのしてて、温かい気持ちになれる『いいお話』でした。
最初は、徳一さんの回りくどくて自己完結しちゃう心理描写にイラっとしたところもあった
のですけどね。『オジいサン』って呼ばれたことについて延々と回想するくだりとか。でも、
ちょっと行き過ぎた妄想した後に、すぐに「調子に乗ってしまった」と反省するところとか、
もう、ほんとに可愛いんですよ。そうかと思えば、隣の隣の口うるさいおばさんに対して、
表面でははっきり嫌な態度を取れないのだけど、内心では冷たいツッコミ入れちゃうような
黒い部分もちょっぴりあったりして、それほど気が弱い訳でもない。でも、長く付き合った
田中電気の情にほだされちゃうようなお人好しの面もあるし。まぁ、端的に云えば、徳一さんは
とっても『いい人』なんですね。きっと読者は、読んでるうちに、この老人のことがとっても
好きになるに違いありません。平凡な人生を歩んで、平凡な余生を生きている老人の日常を
切り取っただけの小説なんですけどね。最後は、とっても温かい気持ちで読み終えることが
出来ました。特に、ラストの着地点にはビックリ。えええーーー!と、目が点になってしまい
ました。というか、徳一さんが一番ビックリしたと思うけれど^^;田中電気の二代目との
会話にはいつもほのぼのさせられてはいたのだけど・・・まさか、まさかの展開でした。でも、
田中電気の気持ちにじーんとしてしまいました。いいなぁ、こういうの、いいなぁってすごく
嬉しくなっちゃいました。なんだかんだで田中電気の熱意にほだされて、地デジ買ってあげちゃう
徳一さんも好きだったけれどね。

あと、徳一さんが卵料理を作るくだりはめちゃくちゃ共感しちゃいました。私も、ほんと
料理って手際が大事だと思うんですよ。そして、私は恐ろしく手際が悪い。徳一さん同様、
フライパンに火をつけて油引いた後で投入する筈の食材がビニールに入ったままだった、
なんてしょっ中。そして、オムレツやら玉子焼きを作るつもりが、最後に炒り卵になっちゃう
なんて失敗も過去に何度経験しているか・・・!^^;卵料理って奥が深いんですよねぇ・・・
手際の悪い人間にはなかなかの難物なんです(言い訳)。でも、徳一さんが作った炒り卵と
ソーセージとキャベツの千切り(本人曰く六百切りくらい←これにも激しく共感)プレート、
なかなか美味しそうでした。見た目悪くても、自分が食べるんだから別にいいんだよねっ。
たとえ、キャベツにかけたソースと他の食材の相性が悪くても。食べられればそれで。と、
いちいち徳一さんに賛同しながら読んでいたのでした。


なんだかとっても、心安らげる作品でした。枯れた小説なんてとんでもない勘違い。
可笑しくてちょっぴり切なくて、心温まる『老人小説』でした。老人が出て来る作品には、
基本的に非常に弱いせいか、かなりツボにはまってしまいました(苦笑)。
しかし、京極さんって、ほんといろんな引き出し持ってる人ですよねぇ。最近出す作品、
意外性のあるものばかりのような。でも、ほんとに、もうそろそろアレを書いて欲しいですよ。
アレを・・・何年待たせるんですかーーー!!(涙)。