ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

乾ルカ/「ばくりや」/文藝春秋刊

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乾ルカさんの「ばくりや」。

北の街の路地裏にひっそりとたたずむ洋館にその店はあった――。人並み優れた容姿でもないのに、
異常に女性に一目惚れされてしまう“能力”を持つ三波。多くの女性に執着され、ほとほと嫌気が
差していた三波は、ある日ふと目に留まったチラシの文句、『あなたの「能力」を、あなたには
ない誰かの「能力」と交換いたします』に導かれ、「女性にもてる」能力を交換するため、
「ばくりや」へ足を踏み入れたが……。「ばくりや」で能力を交換した人々の悲喜劇を描く、
奇想天外な連作短篇集(紹介文抜粋)。


デビュー作からコンスタントに新作を発表し続けている乾さんの新刊。毎回思うんですが、ほんとに
一作ごとに作風を変える方ですねぇ。ただ、すごいと思うのは、これだけ立て続けにいろんなタイプ
の作品を出しながらも、その質が決して落ちないことですね。乾さんの引き出しはどれほどたくさん
あるのかと思ってしまいますね。今回も、ちょっぴり不可思議な設定で、ともすればマンネリに
なりそうな連作形式のところを、一作ごとに結末を変えて、捻りを加えて飽きずに読ませるところが
さすがだな、と思いました。ラスト一作のオチにも驚きましたしね。こう来たか~と思いました。

タイトルの『ばくりや』というのは、(おそらく北海道の)方言で、『交換すること』を意味
する言葉で、ある奇妙なお店の名前。そのお店は、自分だけの不要な特殊能力を、他の誰かの
不要となった特殊能力と交換してくれるところなのです。例えば、女性に異様に好かれる能力、
出かけた先で絶対に雨が降る雨男の能力、就職すると必ずその会社が潰れる能力、156キロの
豪速球が投げられる能力、ほんの些細なことでも泣ける能力・・・ほんとにこんなの要らないよ~
って能力ばっかりでしたが、その能力を他人の別の能力と交換した結果は、幸せになる人ばかり
ではありませんでした。どちらかというと、皮肉な結末になることの方が多かったですかね。
人間、ないものねだりはいい結末を生まないということでしょうか。もちろん、交換して良い結果
だった人もいましたが。
黒オチが多かった中でも、一番怖っと思ったのは、三話目の『みんな、あいのせい』ですかね。
就職した会社がことごとく潰れて行くという、疫病神みたいな能力を交換したことで、その人物には
ある能力が備わり、その能力を最大限に生かした職場で働くことになるのだけれど、その特殊
能力ゆえに、恐るべき結末が待ち受けているという。このオチはほんとに、ぞぞぞ、でした。
タイトルがなんとも皮肉です。その通りなんですけどね^^;

六話目の『ついてなくもない』と七話目の『きりの良いところで』がセットのような話になって
いるところが巧いです。六話目は、主人公が幼い頃から感じていた自分の運の悪さが、他の人に
とっては全く正反対の意味を持っていた、というところが意外でした。逆に、七話目の主人公
は、一見運が良さそうに見えるけれども、その運の良さが運のツキだった、という皮肉な結末に
なっていて、全く正反対の能力を持つ二人が、全く正反対の結末を迎える、というところが
巧いな、と思いました。
ラストで、謎の人物に思えていた『ばくりや』の店主と、ミステリアスな黒猫の関係がわかる
ところも良かったです。まぁ、黒猫の正体は依然わからないままですが・・・。結局、彼らが
能力を交換したいと訪れる客の手に傷をつけて血を採取していた理由も謎ですし。ただ、その辺
は、謎のままでも特別消化不良に感じたりはしなかったですけどね。

一作ごとの出来もそれぞれに捻ったオチで面白かったですが、最後の終着点も見事で、一冊通して
非常に構成の巧い連作短編集になっていると思います。
文春からの刊行だし、直木賞候補になったりして・・・いや、さすがにこの設定だとならないかな。

次はまたどんな世界を描いて見せてくれるのか、次作も楽しみです。