ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

皆川博子/「開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―」/早川書房刊

イメージ 1

皆川博子さんの「開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―」。

18世紀ロンドン。外科医ダニエルの解剖教室から、あるはずのない屍体が発見された。四肢を切断
された少年と顔を潰された男性。増える屍体に戸惑うダニエルと弟子たちに、治安判事は捜査協力を
要請する。だが背後には、詩人志望の少年の辿った稀覯本をめぐる恐るべき運命が……解剖学が
先端科学であると同時に偏見にも晒された時代。そんな時代の落とし子たちがときに可笑しく
ときに哀しい不可能犯罪に挑む(紹介文抜粋)。


昨年のミステリランキングを賑わせた話題の一冊。やーっっと読めました。これは、新刊で
並んだ時に、装幀とあらすじ見た瞬間『絶対読みたい!』と思っていた作品だったのですが、
皆川さんの前作が割とすぐに開架に並んだ為、これも結構すぐ読めるだろうとタカをくくって
予約をしないでいたら、あれよあれよと言う間に話題作になってしまい、気がついたら時すでに
遅し。ほんとは昨年中に読みたかったんですけどねぇ。ようやく予約が落ち着いて借りることが
出来ました。

18世紀のロンドンが舞台ということで、ちょっととっつきにくかったり読みにくかったりする
のかなーと、すこし身構えていたところもあったのですが、読み始めたら全然そんなことなかった
です。出だしこそ、死体解剖の描写に若干引いたところもありましたけれど^^;でも、この
解剖学の描写なんかも、相当取材されたのか、そもそも知識がおありだったのか、その当時の
雰囲気がしっかり細部まで描き尽くされてる感じで、すごくリアル。当時は、外科医よりも
内科医の方がずっと世間から認められた存在だったんですねぇ。今だと、外科医の方がより
扱いが上のように思いますが・・・。ダニエルの解剖教室チームの結束の強さに、家族のような
絆を感じました。ダニエルの弟子たちはみんな、ダニエルのことを尊敬して、愛しているのが
良くわかりました。ダニエルも、弟子のことを信頼して愛しているのがわかるから、みんなが
慕うのもわかるなって感じでした。ただ、彼らみんな、極端に言っちゃうと『解剖バカ』って
感じですけど(笑)。違法を犯してまで、解剖する為の死体を手に入れようとしたり、貴重な
妊婦の遺体を判事に渡したくないが為に虚偽を申し立てたり。解剖の為なら法を犯すことも
厭わない、という彼らの姿勢に感心するやら呆れるやら。専門家って、そういうものなんです
かね。こわこわ。

本書は、詩人を夢見てロンドンにやって来た少年・ネイサンがメインのパートと、外科医ダニエル
の解剖教室のメンバーたちがメインのパート、そして盲目の治安判事ジョンと、彼の助手アンと
アボットがメインのパートに分かれて構成されています。時系列が前後したりしてるので、
最初は事件を把握するまでにちょっと手こずりました。時系列がわかってくると、ああ、そういう
ことか、と理解出来るようになったのですけどね。だから、ネイサンの○○が出て来た時はすごく
ショックでした。えー、そうなっちゃうの!みたいな。ネイサンの自分の才能に酔った、謙虚さの
ない性格にはムカついたところもあったんですけど、ある意味純粋で憎めないところもあったの
で・・・。ロンドンに出て来て唯一の友達になったエドとナイジェルに会うのを楽しみにコーヒー
ハウス<マシューズ>に通いつめたり、手が届く筈のないご令嬢に熱を上げて、彼女の方も自分に
好意を持っているに違いないと浮かれて都合良く勘違いしたり。一生懸命なところがなんだか
アホだけど可愛いヤツ、みたいな感じだったんですよね。だから、途中は結構ずっとネイサン
のことを引きずりながら読んでました。その上、終盤で事件の犯人がわかった時は更に打撃を・・・。

でも、それも全部覆されて、あっと言わされました。その前までは、犯人結構あっさりわかっ
ちゃって、拍子抜けなところもあったんですけどね。さすが、皆川さん。それだけじゃ、終わり
ませんでしたねぇ・・・。法廷での、あの劇的な反転。お見事!でした。伏線の貼り方も、ほんと
巧いです。結構忘れちゃってた部分が多かったんですけど(^^;)、読み返すと、ちゃんと
書かれてるんだろうなーと思いました。やっぱ、何より、ネイサンのことがね。ほんと、こんな
粋な真相だとは思わず。なんか、泣きそうになっちゃいました。こういう感動が待っているとは
思わなかったです。

でも、それだけに、ラストが切なかったな。最悪の結末じゃなくて良かったけど、これから、
どうやって生きて行くんですかね、彼らは・・・。ダニエルの独白がまた切なかった。実は、
ダニエルのキャラは、最後まで悪人かどうか疑ってたんですけど。ほんとにいい人でした・・・
(ごめん、疑って^^;)。


解剖学という結構エグイ世界なのに、どこかコミカルなところもあって、退廃的なんだけど
なぜか人情味もあって。毒とユーモアの配合が絶妙ですね。何より、ミステリとしての完成度が
素晴らしかった。みなさん絶賛なのも頷けますね。ほんと、あのお年で、こういう粋なミステリ
が書けちゃうって、すごいな。

それにしても、解剖ソング、強烈ですね(笑)。どんな曲がついてるのか気になるなぁ(笑)。

内容も装幀も、好みど真ん中、でした。文句なしに面白かった!
皆川さん、まだまだご健在で、素敵なミステリいっぱい書き続けてくださいね。