ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

市井豊/「聴き屋の芸術学部祭」/東京創元社刊

イメージ 1

市井豊さんの「聴き屋の芸術学部祭」。

生まれついての聴き屋体質の大学生・柏木君が遭遇した四つの難事件。芸術学部祭の最中に作動した
スプリンクラーと黒焦げ死体の謎を軽快かつロジカルに描いた表題作をはじめ、結末が欠けた戯曲の
謎の解明を演劇部の主演女優から柏木君が強要される「からくりツィスカの余命」、模型部唯一の
女子部員渾身の大作を破壊した犯人を不特定多数から絞り込んでゆく「濡れ衣トワイライト」、
そして深夜の温泉旅館で二人組の泥棒とともに“いったいここで何が起こったか”を推理する力作
書き下ろし「泥棒たちの挽歌」の四編を収録。聴き屋の柏木君ほか、誰よりもネガティブな性格の
先輩、推理マニアの美男子学生作家など、文芸サークル部第三部“ザ・フール”の愉快な面々が
謎解きを繰り広げる快作(紹介文抜粋)。


『放課後探偵団』に載っていたシリーズ短篇が面白かったので、一冊にまとまったと知って
借りてみました。
なかなか読みやすくて、キャラが面白くて楽しめました。聴き屋で主人公の柏木君のキャラが
いいですね。飄々とした感じで、のほほんと人生生きてる感じが。聴き屋という設定も面白い
です。相談されるのでも、解決してあげるのでもなく、ただ話を聴くだけ。でも、確かに、
嫌なことがあった時に、誰かに話しただけですっきりするってありますよね。別にそこに
解決策を見出して欲しい訳じゃなく、とにかくモヤモヤした気持ちを聞いて欲しいっていう。
私も、近くに柏木君みたいな人がいたら、何でもかんでも話したくなっちゃうかも(苦笑)。

柏木君が飄々としてる分、周りの脇役キャラが個性的なのもいいですね。特に、柏木が所属する
文芸サークル『フール』のメンバーたちはキャラが立ってて面白い。極度の引っ込み思案で
ネガティブ思考の『先輩』や、女装すると超美少女になる推理マニアの川瀬。舞台が大学の
芸術学部だから、個性派が揃っているという設定にも説得力がありますね。このあたりは
なかなか巧い設定だと思います。

あとがきで作者もおっしゃってますが、一作ごとにかなり趣向が違う作品集になってます。
良く言えばバラエティ豊か、悪く言えば方向性がよくわからない^^;殺人が起こったり
起こらなかったり、劇の作中作でほぼ全篇が締められていたり。まぁ、いろんなことを
試してみたかったという作者の気持ちはわからなくもないですけど(苦笑)。一作ごとに
違ったタイプの作品が楽しめるという意味で、私は結構好意的に捉えられましたけどね。
それに、そういった作品にしてしまったことを、やたらに反省して読者に謝る気弱な作者の
あとがきも笑えました(笑)。きっと、この作者、すごいいい人だと思う(笑)。

面白いのは、聴き屋とはいえ、柏木君はそれほどお人好しってタイプでもないってところ。
問題を持ち込む人物には結構毒舌吐くし、普通は当人に言いづらいようなこともかなりズバズバ
言って、相手をどん底に落としたりします(笑)。でも、そこは聴き屋の人徳、それほど
嫌な気分にならないんですよね。当たり前のことをそのまま言ってるだけなので、嘘が
ないからかな。なかなかにいい性格だなぁ、と思いました。川瀬や先輩とのやり取りだけでも
コントみたいに面白かったです。やっぱり、身近にいたら重宝するタイプだね。

ミステリ的にはそれほどおっ!と思えるようなものはなかったのですが、二話目の『からくり
ツィスカの余命』の仕掛けには素直に騙されちゃったな。劇中作自体に仕掛けがあった、という
のが、目の付け所が新しくて良かったですね。


『放課後探偵団』収録の作品もまだ未収録だし、今後も続編が予定されているようなので、
刊行が楽しみです。これからちょっと注目して行きたい新人さんですね。