ミステリ読書録

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奥田英朗/「沈黙の町で」/朝日新聞出版刊

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奥田英朗さんの「沈黙の町で」。

中学2年の男子生徒が部室棟の屋上から転落し死亡した。事故? 自殺? それとも他殺なのか……?
やがて生徒がいじめを受けていたことが明らかになり、小さな町に波紋がひろがり始める。
朝日新聞朝刊連載時から大反響の問題作、ついに単行本化(紹介文抜粋)。


奥田さん最新作。朝日新聞で連載されていたものの書籍化だそうです。久しぶりに奥田さんの
がっつり長編を読んだって感じ。ただ、『最悪』『邪魔』なんかとはまた全く雰囲気が違い、
今回のテーマはいじめ。
物語は、中学二年生の男子生徒が学校で死体となって発見されるところから始まります。テニス部
だった少年は、部室に荷物を残したまま、部室棟の屋根から落下して死亡したらしい。始めは
事故かと思われたものの、部室棟の屋根の上には複数の足あとが残り、少年の背中には無数の
つねられた痣が残されていたことから、いじめの存在が浮上してくる。そこで、被害者といつも
行動を共にしていた四人の少年が逮捕・補導されることに。警察・被害者遺族・四人の少年の
保護者・被害者の同級生・事件を追う若い女性記者・・・様々な視点と角度から、事件のことが
語られて行き、隠された事実が少しづつ明るみになっていく構成になっています。
特に章立てすることもなく視点や場面が次々と変わるし、時系列が度々前後したりするので、多少
混乱する部分はあります。この辺りは新聞連載だから仕方がないのかな。読み始めるとすぐに
ああ、今は事件の前にことを書いてるんだな、というのはわかるのですが。もうちょっと整理して
書かれてた方が読者には親切かも、と思いました。

いじめの真相を巡って事態は二転三転。被害者の少年の、日頃の言動が少しづつ明らかにされて
行くのですが、正直その行動にはドン引きするようなものが多く、いじめの実態が、表面的に
考えられていたものとは違っていたことが次第にわかって行きます。いじめはもちろん悪いこと
なのだけど、被害者がいじめられても仕方がない言動をしていたことも事実。読む側としては、
なんとも複雑な思いで、誰に肩入れしていいやらもわからず、終始戸惑いながら読んでいた気が
します。というか、どの人物にも共感出来る部分と全く共感出来ない部分があったという方が
正しいかな。当事者にならないと、こればかりはわからない。被害者・加害者に関わらず、
彼らの親にとっては自分の子供が一番かわいい。自分の子が罪を免れることしか考えてない。
中学二年の少年が死んでいるという事実よりも、自分の子供が警察に捕まり世の中から糾弾
されることの方がずっと大事(おおごと)なのです。親のエゴのようにも思えるけれど、実際
自分が子供を持って、その立場に立たされたら、やっぱり同じように自分の子供を守ることを
一番に考えてしまうだろうな、と思う。
私が気になったのは、警察に連れて行かれた四人の子供たちの親が、自分の子供たちがいじめを
していたことを知っても、それに驚いたり負い目に感じたりする人が誰もいなかったところ。
殺人は立証されなくても、いじめの事実は立証されたのだから、もう少しショックを受けたり、
自分の子育てを反省したりしても良いのでは・・・と思ったんですが。私が同じ立場なら、
自分の子供がいじめに加担してたとわかったら、それだけでショックだけどなぁ。自分の子ども
かわいさのあまり、神経が鈍っていたのかもしれないですけど。どの人物も、自分中心に物事を
考えているので、理解出来なくはないのだけど、読んでいて気持ち良いものではなかったですね。
まぁ、人間、窮地に立たされると誰もが偏った考えになりがちになってしまうんでしょうけど。

ラストに関しては、賛否両論あるようです。かなり、唐突な感じで終わっているので。
『え、ここで終わり!?』と感じる人が多いかも。とりあえず、被害者の少年の死の真相はわかるので、
私はそれほど消化不良には思わなかったですけど。一応、冒頭の場面とも繋がる形になってますし。
ただ、少年が落下した瞬間の場面が描かれている訳ではないので、本当の真実はわかっていない
とも取れる訳ですが。
ネットでは、大津のいじめ自殺事件の影響や、いじめられる側にも問題があったという書き方から、
いじめを容認しているとの批判があり、打ち切りになったのでは、との憶測も囁かれている
ようです。
確かに、そう取られても仕方がない内容ではありますが・・・いじめにもいろんなケースが
あるから、その一つをリアルに描いただけだと思うんですけどねぇ。
いじめ問題って、ほんとに根が深いですからね。いろんなことを考えさせられますね。
私自身は、もちろんいじめなんて絶対許せません。いじめをする人間なんて最低だと思ってます。
でも、本書を読んで、本当に普通の子たちが、その場の流れであっさりいじめに加担して
行くので、ぞーっとしました。瑛介のような、他人の罪を被ってあげる男気のある性格に育って
さえ、その場の状況に流されて、みんなと同じようにいじめに加担してしまうのだから。
確かに、私も亡くなった子の生前の言動にはドン引きしました。多分、同じクラスだったら、
毛嫌いしていたと思う。だからって、いじめをしていいなんてことは絶対思わないですけどね。

体罰問題にしてもそうだけど、なぜ、他人に危害を加えて平気でいられるんでしょうか・・・。
暴力を振るう人間の精神構造なんて、わかりたくもないですけどね。でも、いじめに加担
しなければ、次は自分が標的にされる、と思うと、やっぱりやってしまうものなのかな・・・。
子どもたちは、学校という小さい社会の中でそれぞれに戦って生きている訳ですからね。
自分を守る為に、意に沿わないことをする時があっても仕方ないのかな・・・。


内容的に、宮部みゆきさんの『ソロモンの偽証』と被るところがあるので、何かと比較され
そうです。中学二年を主人公にした作品を書かれる作家さんって多いですよね。中二病
言われる位、一番多感な時期だからでしょうけど。今回、いじめる側の中心として四人の
少年が出て来るのですが、同じ中学二年でも、十三歳と十四歳が二人づつで、その一歳の差で、
逮捕される子と保護施設に送られる子に分けられてしまう、というのに驚きました。全く同じ
立場な筈なのに。たった一歳の違いで、少年法に守られる者とそうでない者に自動的に分かれさせ
られてしまう、これが少年法の皮肉なところだな、と思いました。


それぞれの立場の人間心理がとても細やかに描かれていて、リアルでした。読み応えありました。
こういう作品は、本当にいろいろ考えさせられますね。
世の中に、いじめなんてなくなればのいいのに、と心から思います。
もっといろいろ書きたいことがあった気がするけど、まとまらないのでこの辺で。
いじめを通じて、子供たちの無邪気な怖さを思い知らされた一作でした。