ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

彩瀬まる/「桜の下で待っている」/実業之日本社刊

イメージ 1

彩瀬まるさんの「桜の下で待っている」。

桜前線が日本列島を北上する4月、新幹線で北へ向かう男女5人それぞれの行先で
待つものは――。婚約者の実家を訪ねて郡山へ。亡くなった母の七回忌に出席するため
仙台へ。下級生を事故で亡くした小学4年生の女の子は新花巻へ。実家との確執、地元へ
の愛着、生をつなぐこと、喪うこと……複雑にからまり揺れる想いと、ふるさとでの
出会いをあざやかな筆致で描く、「はじまり」の物語。ふるさとから離れて暮らす方も、
ふるさとなんて自分にはない、という方も、心のひだの奥底まで沁みこむような感動作
(紹介文抜粋)。


東北新幹線に乗って、それぞれの理由でふるさとに向かう四人の人物+新幹線の
中で彼らと行き合う社内販売員による5篇からなる連作集。
それぞれの作品には花の名前が入ったタイトルがつけられています。
東北を舞台にしていることから、どうしても震災の記憶を思い浮かべて
読んでしまうけれど、そこに出て来る地元の人たちはそれぞれに、
今の東北で力強く生きている。美しく咲いた花々たちと共に。
故郷を想うそれぞれの人物の心の動きがリアルに伝わって来て、
温かい気持ちになれる作品ばかりでした。とても良かったです。
簡単に各作品の感想を記しておきます。

モッコウバラのワンピース』
栃木に一人で住む祖母の元を尋ねる大学生の智也。早くに夫を亡くし
四人の子供を女手一つで育てた祖母だが、10年前に出会った男性と
劇的な恋をし、周囲の反対を押し切って一人で栃木に移り住んだ。
しかしその相手も五年前に不慮の事故で亡くなり、祖母はまた一人に
なってしまった。祖母はなぜあの時あんな選択をしたのだろうか――。

智也のおばあちゃんが、単身栃木に移り住もうと決意した理由が素敵
だなぁとほのぼのしちゃいました。老いらくの恋、大いに結構じゃないか。
女性は、いつまで経っても『女』でいたいものなんですよね。

『からたち香る』
婚約者の由樹人と共に、彼の実家・福島を尋ねる律子。震災の影響を
気にする律子だったが、からたちの香る由樹人の家と彼の家族は、
あっけらかんと彼女を受け入れてくれて――。

律子が最後にする決断に、嬉しい気持ちになりました。私も、福島には
親戚がいるので、他人事に思えなかったですね。風評被害が、早く
なくなってくれることを願うのみです。

『菜の花の家』
母親の七回忌の為、仙台の生家を訪れた会社員の武文。亡くなった母は、
本当はどんな人間だったのだろう――。母が丹精込めて育てていた庭の
椿は、兄嫁によって菜の花に植え替えられていた・・・。

亡くなった姑が育てていた椿が枯れてしまったから、代わりに菜の花を
植えたってエピソードには、嫁の強かさを感じました。椿が枯れたのも、実は
故意だったりしたのかなぁ、とか。怖い、怖い^^;

ハクモクレンが砕けるとき』
叔母の結婚式の為に両親と仙台を訪れる小学四年生の知里。母の実家に
着くと、知里は、同じ年くらいのむうちゃんと呼ばれるとても美しい
女の子と出会う。むうちゃんの言うことは不思議なことばかりで、
知里にはあまり理解出来なかった。むうちゃんの正体とは――。

これだけちょっぴりファンタジックな作品。死んじゃったみどりちゃん
のことが切なかったです。あのまま生きていたら、きっと知里といい
友だちになれていただろうに。むうちゃんはずっとあの家でみんなのことを
見守っているのでしょうね。座敷わらしみたいだなぁ^^;東北はいろんな
伝承が残る土地だから、こういうエピソードがあっても不思議じゃないですね。

『桜の下で待っている』
新幹線の社内販売員、さくら。日々、いろんなお客にお弁当やおみやげを売っている。
さくらの両親は、離婚していて、どちらの親とも今は接点がない。唯一仲の良い
弟が、ずっと付き合っている彼女と結婚することになったらしい。しかし、弟は
何やら迷っているようで――。

二話目三話目辺りを読んでいて、最終話は絶対共通に出て来るあの新幹線の
販売員が主人公だろう、と思っていました。案の定でニヤリとしちゃいました(笑)。
タイトルの意味を知って、くすりとしました。さくらが、桜の下で待っていて、
やって来た人物とやることが『アレ』だとは!(呆)家族だからこそ、出来ることと
出来ないことがあるんですね。桜の下でやることかどうかはともかく(苦笑)、
今まで出来なかった分、盛大にやって、すっきりしてほしいですね。きっと
その後は、もっともっと家族の絆が深まるのでしょう。


東北のそれぞれの町の情景と、各作品の中に印象的に登場する花の情景が
相まって、とても美しい短篇集になっていると思います。
故郷に思いを馳せる時の、懐かしくて温かくて、ちょっぴり切ない感傷が
行間から溢れ出していて、なんだかいいなぁ、と思えました。
作者の、震災への想いも、所々で伺えましたね。震災があっても、人々は
変わらず生きて行かなきゃいけない。変わるものと、変わらないもの。
受け継がれて行くものと、新しく生まれ出るもの。きっとどちらも、とても
尊いものなんでしょう。
私も新幹線に乗って旅がしたくなっちゃったなー。さくらみたいな社内販売の
お姉さんがいたら、旅も楽しくなりそうですよね。
彩瀬さんの文章やっぱり好きだなー。所々、何気ない表現にはっとさせられる
というか。情景描写がほんとに巧いと思いますね。
これからも注目して行きたいです。