ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

米澤穂信/「王とサーカス」/東京創元社刊

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米澤穂信さんの「王とサーカス」。

 

二〇〇一年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行
特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年に
ガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする
王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、
そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり…。
「この男は、わたしのために殺されたのか?あるいは―」疑問と苦悩の果てに、
太刀洗が辿り着いた痛切な真実とは?『さよなら妖精』の出来事から十年の時を
経て、太刀洗万智は異邦でふたたび、自らの人生をも左右するような大事件に
遭遇する。二〇〇一年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィク
ションにして、米澤ミステリの記念碑的傑作!(紹介文抜粋)



米澤さん最新作。さよなら妖精に出て来る、大刀洗万智(たちあらい・まち)を
主人公に据えた、ミステリー長編。
さよなら妖精』は、私が初めて読んだ米澤作品です。東京創元社が立ち上げた
ミステリ・レーベルミステリ・フロンティアから出た作品だったので、特に
予備知識もないままに手に取ったのでした。ただ、当時読んだ時は、正直好きな
作品ではなかったのです。むしろ、印象は非常に良くなかった。今読んだらだいぶ
印象が違うような気もするのですが、当時の私には、何か受け入れがたいものが
あった作品だったのですよね。米澤ファンからは、非常に評価の高い作品だと思う
のですが・・・今となっては、何が嫌だったのか、よく思いだせないのですが^^;
んで、当然ながら、出てくるキャラ等もほとんど覚えていませんで・・・。今回出て
来た太刀洗さんのことも、名前くらいは記憶の底に残っていたものの、どんなキャラ
だったかはさっぱり思い出せず。辛うじて覚えていたのは、ユーゴスラビアからきた
女の子がいたってことくらい。彼女がどうなったのかとかもすっかり忘れてました
^^;実は、今回続編だと知って、図書館で借りた時に開架に『さよなら妖精』が
あったら軽くおさらいしようかと探したのですが、置いてなかった為、敢え無く
断念。ただ、続編とはいっても、前作を読んでなくても何ら問題はない内容でした。
あの出来事から10年が過ぎて、大人になった太刀洗万智が新たな事件に遭遇する、
というストーリーなので。その万智さんは、2001年の時点でフリーのジャーナ
リストになっています。フリーになる前は、新聞社で記者をしていたのですが、
事情あって退職。フリーになっての初仕事が、知人の雑誌編集者が回してくれた
海外旅行特集の記事。彼女は、取材の為ネパールの地に降り立ちます。そこで
サガルと名乗る少年と出会い、現地ガイドを頼むことに。サガルの案内でネパールの
町を巡り、順当に仕事が進むと思っていた万智でしたが、突然、ネパールの王宮で、
宮中晩餐会の最中に、皇太子が国王と王妃を始めとする王族を殺害し、自殺したと
いうとんでもないニュースが飛び込んで来る。ジャーナリストとして、事実をいち
早く取材し、雑誌の記事にしたいと思う万智でしたが、当日王宮にいたという人物
接触したところ、冷たくあしらわれ、途方にくれてしまいます。その上、その
人物が翌日、死体となって発見されたことで、万智自身にも災難が振りかかる
ことに。なぜなら、死体は上半身裸で、背中にナイフで『密告者』と刻まれていた
からです。彼は、万智と接触したことで、口封じに殺されたのか?そして、次に
狙われるのは万智なのか――と、こんなあらすじ。

 

2001年の王族殺害事件というのは、実際に起きた事件なのですね。こんな
衝撃的な事件なら、当時日本でもかなり大々的に報道された筈・・・ですが、全然
覚えてませんでした・・・アホ。事件の真相は未だに謎なままなんでしょうか。
皇太子がなぜ自分の家族たちを殺さなければならなかったのか。そこは非常に気に
なりましたが、史実を読み解く作品というわけではないので、そこは有耶無耶なまま。
作品のキモとなる軍人殺害事件よりも、どっちかっていうとそちらの真相の方が
気になったのだけれど(苦笑)。

 

そして、肝心のその軍人殺害事件の真相ですが。正直、犯人はほとんどの人が
途中で当てられちゃんじゃないかな?明らかに、一人怪しい言動をする人物が
いますから。いや、他にも怪しい人物はいるんだけどね。そちらへミスリード
される可能性はあるけれど、でも、やっぱり最終的にはこいつだろう、と思えて
来る筈。そして、その通りだった^^;万智に頼み事をした時点でね。これは
絶対何か裏があるな、と思ったしね。さすがに、書き方があからさま過ぎたんじゃ
ないのかなぁ。確かに、細かい伏線は張ってあるのだけれど。鍵の部分とかは全然
気づいてなかったな。ただ、そこで終わりじゃないところが米澤さん。その先に、
もう一捻りあります。犯人とは別に、もう一人、ある人物と万智が対決するのです。
多分、この作品のキモはそっちの方なんでしょうね。米澤さんらしい、とてもほろ
苦い結末が待ち受けています。その人物の豹変っぷりと、万智に対する憎しみの
強さに、悲しい気持ちになりました。
それでも、その地で生きている人間にとっては、仕方がない感情なのかもしれない。
ジャーナリストたちの無神経な振る舞いが、こういう憎しみを生む結果になって
しまった。万智にとっては、辛い経験となったかもしれません。それでも彼女は、
ジャーナリストでい続けるのでしょうけれど。
この後味の苦さが、米澤さんらしさなんだろうな、と思いました。

 

本書を読んで、ジャーナリズムのあり方について、とても考えさせられました。
ある人物が万智に突きつけた言葉が、胸に刺さりました。

 

『タチアライ。お前はサーカスの座長だ。お前の書くものはサーカスの演し物だ。
我々の王の死は、とっておきのメインイベントというわけだ』

 

人は、対岸で起きた火事のことは他人事として見物出来る。その様子がショッキング
であればある程、見世物としての価値を見出す。対岸で火事に遭遇した人々が、
どれだけの悲惨な思いをしたのかも斟酌せずに。
自分たちの尊敬する王の死によってこの国を、ジャーナリストたちのサーカスに
されたくない、というその人物の言葉にはっとさせられました。
米澤さんの、ジャーナリズムについての強い思いをひしひしと感じる作品でした。

 

さよなら妖精』は苦手な作品だったけど、こちらはとても面白く読みました。
ミステリ的にはちょっと残念なところもありましたけど。著者最高傑作はちと言い
過ぎかな、と思うな。
でも、行ったことのないネパールの町の雰囲気や、当時の不穏な空気感なども非常に
よく出ていて、ロードノベルっぽく読めたところも良かったです。
もう一度、『さよなら妖精』を読み返してみたくなりました。