ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

秋川滝美「幸腹な百貨店」/澤田瞳子「若冲」

どもども。暖冬一転、寒いですねぇ。
今日の夜からまた雪だっていうし・・・明日仕事なのに、嫌だなぁ(涙)。
公共機関を使われる方、お気をつけ下さいね。

読了本は二冊。全く雰囲気の違った二冊となりました。

では、各作品の感想を。


秋川滝美「幸腹な百貨店」(講談社
居酒屋ぼったくりシリーズの作者の新作。閉店危機に喘ぐデパートを立て直そうと奮闘する、
五十代を迎えた中年の事業部長、高橋伝治が主人公。
以前、店長として働いていた中部地区にある堀内百貨店が閉店危機にあると知った伝治は、
事業部長として少しでも何か出来ないかと悩む日々。伝治が働いていた当時からマドンナと
呼ばれ、周りから慕われていたやり手のフロア長・花村瑠衣と共に、何か打開策はないかと
模索する。瑠衣は、若手の店員たちと伝治を引き合わせようと画策するが、価値観の違いから
今の若者たちと分かり合える自信のない伝治は頑なに拒否する。しかし、ある日、町中に貼られて
いた奇妙なポスターに興味を引かれた伝治が、そのポスターの製作者に会いに行ったことがきっかけで、
若者たちとの交流が始まり、事態は思わぬ方向に進んで行くことに。伝治は堀内百貨店を救うことが
出来るのか。
タイトルから、百貨店と秋川さんお得意のお料理が絡んだ作品なのかな、と思ったのですが、
思った程お料理描写は出て来なかったのでちょっと拍子抜けでした。うーん、このタイトルは
どうなのかなぁ。幸福の『福』をわざわざ『腹』に変える必要はあったのだろうか・・・。
確かに、『花菱』という小料理屋でのシーンでは、秋川さんらしいお料理薀蓄がいくつか
出ては来るんですが。それがタイトルになる程作品の中で重要な要素になっているかというと、
そうでもないんで・・・。
頭の固い五十代のオッサン事業部長と、今時の若者たちが手を組んで、商店街のお祭りや
潰れかけた百貨店を盛り返そうとするところは、痛快で良かったと思います。
ただ、正直なところ、祭で地域活性化を図るところまでは理解出来るものの、それで百貨店の
売上までもが底上げされるというのは、ご都合主義に思えてしまいました。フロア長の瑠衣が、
40代を超えてもマドンナ扱いされているのもちょっと首を傾げましたし、百貨店のイベントで
トレーディングカード大会っていうのも、どうなのかな、と疑問を覚えました。トレーディング
カードって、そんなにニーズがあるものなんですかね?そっちの業界にはとんと疎いもので、
それほど成功するものなの?と思ってしまった。大人が高額を出してまで熱狂するものなのかなぁ。
そこは、私が世間を知らないだけなのかもしれませんが。まだ、特定のゲームとかの方が
信憑性があったような気がしたので。偏見だったら申し訳ありません。
面白くは読んだのですが、ちょっと釈然としない部分も多かったかな、と思いました。


澤田瞳子若冲」(文藝春秋
苦手な時代ものですが、大好きな画家・伊藤若冲を主人公にした作品だと言うので、
出版当初から非常に気になっていた作品でした。時代ものということで、予約するか
迷っていたのですが、何人かの読まれた方の後押しもあり、思い切って予約してみました。
予約が多かったので待たされましたが、読み始めたら一気に引き込まれて気がついたら
読了していました。素晴らしかったです。読んで良かった。
奇想の画家・伊藤若冲の数奇な半生を描いた歴史小説です。若冲が40歳の年から、死ぬまで
の出来事が、数年ごとに時代を追って綴られています。その大部分には、若冲の義弟・市川君圭
との確執がつきまといます。君圭は、若くして自死した若冲の妻・三輪の弟で、姉の死は若冲
せいだと決めつけ、憎んでいるのです。また、君圭は、そんな若冲への憎しみから、自らも
絵筆を取り、若冲の贋作を描くことで、憎しみに折り合いをつけている。若冲は、そんな君圭を
苦々しく思いつつ、義弟の恨みも理解出来ることから、彼の動向がいつも気になっている。
複雑な二人の思惑が交錯しながら、時代は進んで行く。二人の確執は、若冲の晩年まで続きます。
そこまで、一人の人間を憎み続けられる君圭の執念にも凄まじいものを感じましたし、それを
最後まで真正面から受け止める若冲の諦観と寂寥にも、胸が締め付けられる思いがしました。
この作品は、あくまでも伝記ではなく、作者が思い描いた伊藤若冲という画家の歴史小説です。
史実とは大分違う部分もあるようで、そもそも市川君圭という人物は実在するものの、若冲
義弟だという史実はないらしい。というか、若冲は生涯独身を貫き通した画家であり、三輪
という女性と姻戚を結んだという事実自体がないのだとか。作者がいくつかの要素を自分なりに
結びつけて考え出したオリジナルのストーリーのようです。でも、作中に出て来る若冲
作品は実在するものがほとんどだし、登場する人物も多くが実在するので、フィクションとは
思えないほどリアルに思えました。有名な画人もたくさん登場しますしね(円山応挙池大雅
与謝蕪村、谷文晁・・・etc)。
何より意外だったのは、若冲のあの素晴らしい絵の多くが、若くして自死した若冲の妻・三輪への
悔恨と贖罪の思いから生まれていたというところです。実際はそうではないのでしょうが、
そうだと思って改めて絵を眺めると、また違った感慨が湧いて来そうだな、と思いました。

連作形式になっていて、8つの短編からなっていますが、一作ごとにドラマがあって、
非常に読ませる展開になっています。どのお話も心に響いたのだけど、やっぱりラストの
一作には、胸を打たれたなぁ。若冲を、彼が死ぬまで恨んでいたと思っていた君圭が、
ああいう行動に出るとは思いませんでした。やっぱり、若冲の画家としての才能や技量を、
誰よりも理解していたのは、君圭だったのでしょうね・・・。彼の言動に胸がいっぱいに
なりました。若冲もまた、君圭がいたからこそ、あれほどのエネルギーで生涯素晴らしい
作品を描き続けることが出来たのだと思うと、二人はお互いにとって、必要不可欠な
存在同士だったのだとわかりました。

読んでいて、若冲の絵が無性に観たくなりました。家に展覧会を観に行った時のカタログ
とかないか探したのだけど、見つからなかった・・・実家に行けば1冊くらいあるかも
しれませんが・・・若冲の画集自体は高くて、とてもじゃないけど手が出せないしなぁ。
でもでも、ネット検索していたら、非常に嬉しいニュースが!
今年の4月から一月限定で、東京都美術館若冲展が企画されているのだとか。
今年は若冲生誕300年の年に当たるそうで、他でも展覧会の企画があるかもしれませんね
(そうだと嬉しい)。

そういえば、京都に行った時に一番悔しかったのが、若冲の五百羅漢石仏を観に石峰寺に
行きそこねたことだったのです。すぐ近くまでは行っていたのに!
今度京都に行く機会があったら、絶対に絶対に訪れたいと思っています。

史実はどうであれ、非常に読ませる作品で、のめり込んで読んでしまいました。
読もうか躊躇していた私に薦めて下さった方々に、深く感謝したいと思います。
素晴らしい作品でした。伊藤若冲という画家が、改めてまた大好きになりました。