ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

阿部智里「空棺の烏」/本多孝好「dele ディーリー」

こんばんは。今日は雨こそ降らなかったですけど、やっぱり薄曇りの一日でした。
八月の太陽さんはどこへ行ってしまったのでしょう・・・。
明日はまた雨予報だというし。異常気象ですなぁ・・・。


読了本は二冊です。


阿部智里「空棺の烏」(文藝春秋
八咫烏シリーズ(でいいのかな?)第四弾。巷ではもう最終巻が出ているようですが、
追いつくまではもう少しかかりそうですね(次巻も予約済みですが、かなり待たされ
そう・・・)。
前作の最後で若宮への忠誠を誓った雪哉は、宗家を守る山内衆を養成する為の
訓練学校「勁草院」に入ることに。本書では、そこで出会った仲間たちとの
出会いを軸に、勁草院での訓練の日常を描きます。
四章仕立てで、一話ごとに主役が変わる構成で、最後を雪哉が務めます。
一作目の男子バージョンとでもいいましょうか。一章目が平民出身で巨漢の
茂丸、二章目が貴族出身で美貌の明留、三章目が下人出身で寡黙な性格の千早、そして
最後は先に述べたように武家出身の雪哉。主役を務めた雪哉以外の三人、それぞれに
個性的なキャラクターで、いい味出してましたね。一番気に入ったのは、大らかな
巨漢の茂丸ですね。雪哉との友情関係にほっこりしました。明留は、一作目で
なかなかの活躍をした美貌の姫君、真赭の薄の弟。貴族出身であることを鼻に
かけた嫌味な性格が最初は鼻についたのですが、雪哉や茂丸と出会い、ちょっと
した騒動を経験したことで、改心したのが伺えて好感が持てるようになりました。
千早は最初何を考えてるのかよくわからなかったのだけど、彼の事情を知ると、
彼が貴族を毛嫌いしている理由や、明留に対する冷たい態度にも納得出来ました。
最終的には、彼も雪哉たちの仲間になりますしね。でも、本書で一番ビックリ
したのは、雪哉の本性かな、やっぱり。今までの作品でもただ者じゃないのは
わかっていたのだけど、ここまでトンデモない人間だとは思いませんでした。
頸草院に入った時からってことですもんねぇ・・・なんという計算高さ。まぁ、
若宮の側近になるには、それくらいの器じゃないとダメなんでしょうが。
盤上訓練での描写はちょっとわかりづらかったのですけど、人物(ヒトガタ?)版の将棋か
チェスみたいな感じでしょうか。実戦で使えることが基本になっているので、練習とはいえ、
ゲームではなく軍事訓練ってところが怖ろしいところ。頸草院って、要するに兵役学校
ですもんねぇ。
雪哉が教官から訓練相手の標的にされるくだりは、ハリーポッターのスネイプとハリーの
関係のよう。どんなところにも贔屓やいじめはあるんですねぇ。ましてや、こんな閉鎖的な
規律が厳しい場所の中では、なおさらでしょうけど。
同朋との友情や軋轢といった悲喜こもごもが描かれるところは、男子校が舞台の
学園ドラマを読んでいるかのようでした。その裏で、猿による侵略は着々と忍び寄って
いたのですけども。最終話の隧道での探検なんかは、ちょっとした冒険小説を読んで
いるようでワクワクしましたし、猿との邂逅にはハラハラしました。いろんな物語要素が
折り込まれていて、エンタメ小説としての完成度の高さを感じました。
若宮の金烏としての記憶の欠如の謎も気になりますし、物語はいよいよ佳境に
入って来た感じですね。続きを読むのが楽しみです。


本多孝好「dele ディーリー」(角川書店
本多さん最新作。タイトルから内容の想像がつかず、予約本が詰まっていたので
スルーしようかとも思いかけたんですけど、読み始めたらほぼ一気読みでした。読んで良かった。
依頼人の死後、その人が使っていたデジタル機器から指定されたデータを削除することを
請け負う会社『dele.LIFE(ディーリー・ドット・ライフ)』に勤めはじめた真柴祐太郎。
社員は、車椅子で生活する所長・坂上圭司と二人だけの小所帯。祐太郎の仕事は、主に、
車椅子の圭司の足代わりとして、依頼人の死亡確認を取ってくること。死亡が確定次第、
圭司によって依頼人のデータが速やかに削除される仕組みだ。しかし、中には、依頼人
家族からデータを削除しないでほしいと訴えてくるケースもあった。直接依頼人の周囲に
話を聞いてまわって死亡を確認する仕事を請け負う祐太郎にとって、故人の家族の願いは
無視出来ないものであり、せめてデータを確認してから削除しようと持ちかける。しかし、
圭司は祐太郎の訴えを冷酷に退け、淡々と依頼を決行しようとする。そこで、二人の関係に
軋轢が生まれるかけるのだが、圭司は結局最後は祐太郎の熱意に負けてデータを見ることに。
そこで二人が見た依頼人のデータに隠された秘密とは――。
面白い設定だなーと思いました。確かに、パソコンの中に、人に見られたくないデータって
誰でもありそうですよね。でも、わざわざお金払ってまで第三者に削除してもらおうって
考える人がそんなにいるのかな~とは思いましたけど。パソコンにロックかけとけばいいって
問題でもないのかな。
まぁ、そこはツッコんじゃいけないところだと思いますけど(じゃあ、書くなよ^^;)。
どの作品も最後にほろっと心に沁みるものばかりでした。特に私が気に入ったのは、
四話目の『ドールズ・ドリーム』ですね。依頼人が削除して欲しいと言った『T・E』フォルダ
の中のデータの真実が、最初に祐太郎が推理した通りだったら、すごく後味の悪さを感じて
いたと思うのだけど、圭司が気づいた真実を知って、依頼人の想いの強さに胸を打たれ
ました。『フォルダは残して、中身だけを削除して欲しい』という、依頼人の変わった
要望の意味も、すとん、と腑に落ちました。切ない真実ではありましたけれどね・・・。
圭司がちゃんと依頼人の意図を解き明かしてくれて良かったです。そうじゃなければ、
夫の、故人に対する印象も悲しい誤解をしたままになってしまうところだったから。
三話目の『ストーカー・ブルース』の、祐太郎と依頼人の妹とのやり取りも好きでした。
祐太郎が、彼女のことを『青いもこもこ』と表現するのが可笑しかった。彼のイメージの
正体を知って、なるほど!と思いました。確かに、クッキー食べたくなるかも(笑)。
祐太郎と圭司が依頼人のデータの謎に立ち会う時、依頼人はすでに故人になっています。
依頼人が消して欲しいと願ったデータを覗き見するというのは、依頼人にとっては
契約違反ではあるのでしょうが、そのデータを知ることによって、依頼人の本当の思いや、
遺族が伺い知れなかった一面を遺族に伝えることは、残された者にとっては大きな意味を
持つものなのではないでしょうか。もちろん、絶対暴かれたくない秘密だとか、犯罪の
証拠となるデータなんかもある訳で、知らせない方がいいケースもあるでしょうが。
そして、それを否とするか諾とするか、祐太郎と圭司それぞれの主張をぶつかり合わせて
いるところが、この作品の巧いところだと思う。二人とも否だったらそもそも話にならないし、
二人とも諾だと会社としての信頼度の問題になってくるし。どっちみち依頼を遂行する時は
依頼人は死んでいるのだから、少しくらい覗き見しても構わないみたいな軽い考えだったら、
会社としての倫理観を問題視せざるを得ないですから。
でも、祐太郎の、遺族の感情に寄り添おうとする姿勢にも好感が持てました。最初は
仕事が長続きしないダメな男なのかと思ったら、意外と真面目に仕事するし、人当たりも
良くて、人情味のある性格が気に入りました。お祖母さんの育て方が良かったので
しょうね。それに、妹の件で過去に辛い経験をしているだけに、故人の遺族に感情移入
出来るところが多いのでしょう。圭司は圭司で過去がありそうなので、そちらも気になるところ。
孤独で人を寄せ付けない性格の圭司が、仕事を続けて行く中で祐太郎と打ち解けて
行くところも読みどころの一つでしょう。二人の友情の行方も気になりますね。
あと、地味にぽつぽつと出て来る、祐太郎と、妹の友人だった遙那と猫のタマさん
とのシーンも好きでした。遙那は多分、祐太郎のことが好きなんでしょうね。祐太郎は、
妹のようにしか思ってなさそうだけれど・・・。
作者インタビューによると、シリーズ化を想定した作品だそうなので、続きが読める
のは間違いないようです。こちらの続きも楽しみです。