ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

宮部みゆき/「この世の春 上・下」/新潮社刊

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宮部みゆきさんの「この世の春 上下」。

 

小説史に類を見ない、息を呑む大仕掛け。そこまでやるか、ミヤベ魔術! それは亡者たちの声? それとも
心の扉が軋む音? 正体不明の悪意が怪しい囁きと化して、かけがえのない人々を蝕み始めていた。目鼻を
持たぬ仮面に怯え続ける青年は、恐怖の果てにひとりの少年をつくった。悪が幾重にも憑依した一族の
救世主に、この少年はなりうるのか――。21世紀最強のサイコ&ミステリー、ここに降臨!(紹介文抜粋)


宮部さんの最新作。時代物ということで読むのを非情に迷ったのですが、新聞広告で見た時に
『ミステリー』と書かれていたので、興味を惹かれて借りてみることにしました。
出だしは正直、時代物独特の設定や言い回しに慣れず、読みにくさが先に立って、何度か
挫折しかけました。言葉遣いとかも全然違うしね。人物設定だけでも把握するのが大変で、
だから時代ものって苦手なんだよな~と思いながら読んでました^^;そこですっと入って
いけないと、なかなか物語自体に入っていけないんですよね。大好きな宮部作品でも、
時代物ってだけで敬遠してきたのは、その辺りの理由が大きい。
ただ、上巻の途中辺りから人物や設定に慣れ、物語が動き出して以降は、ぐいぐい読まされて、
特に下巻はほぼ一日で一気読み。さすが、この辺りの筆力は宮部さんだなぁって感じでした。
簡単にいうと、江戸版ジキル博士とハイド氏。といっても、二重人格ではなく多重人格もの
なんで、『五番目のサリー』みたいな感じなのかな?(あんまり内容覚えてないんだけど^^;)
中心人物となる主君の重興は、彼自身の他に三つの人格をもっている、という設定になっています。
何より、キャラ造形がみんないいんですよね。物語の主要舞台となっている五香苑の人々が
特に。主人公の多紀はもちろんのこと、先に挙げた悲劇の中心人物である美貌の藩主重興、彼を
見守り続ける好々爺の元江戸家老、石野織部、顔にひどい火傷を負いながら健気に働く女中のお鈴と、
勝ち気できっぷの良いおごう、その二人のフォロー役で奉公人の寒吉。多紀を幼い頃から
見守り続けて来た彼女の従弟の半十郎も、ちょっと抜けてるけど、熱い性格で好感持てました。
真摯に重興を診続ける医師の白田先生も素敵ですし。どのキャラも、しっかり個性があって、
さすが人物造形がしっかりしているなぁと感心させられました。それぞれのキャラ同士の
人間ドラマも読みどころの一つだと思います。人情味溢れるエピソードがたくさん盛り込まれて
いて、何度も胸が熱くなりました。
ただ、肝心のミステリー部分は、ちょっと肩透かしだったかなぁ。もっと本格要素が
入っているのかな、と期待していたので、そういう意味では。重興の父親殺しや、四人の
幼い男子の失踪事件とか、もっと複雑な真相が隠されているのかなーと思っていたので・・・。
犯人もあっさり判明するしね。もうちょっと引っ張るかなーと思っていたのだけれど。
幼い重興に近づいて邪な犯行を計画した犯人には、心の底から嫌悪しか覚えなかったです。
そして、その人物の根深い執拗な恨みには空恐ろしいものを感じました。こんなヤツに目を
つけられてしまった成興重興親子は運が悪かったとしか思えないなぁ。もともとは、成興の
ある計画が端を発していたのだけれど。重興への恨みに関しては、完全に逆恨みですからねぇ。
しかもその恨みを果たす為に、幼い子供を何人も手にかけるなんて。本当に悪の化身のような
存在です。温かく優しい人ばかりのこの作品の中で、その存在の黒さが際立っていて、その
人物の名前が出て来るだけで嫌な気持ちになりましたね。
多紀と重興の恋の顛末も気になりましたが、こういう結末になるなら、もうちょっとそれを
仄めかすようなシーンが欲しかったなー。まぁ、ほっとしましたけどね。多紀は前の
結婚でとても悲しい思いをしましたからね。幸せになって欲しいです。
ラストの展開はちょっと全体的にうまく行き過ぎな感じはありましたけど、みんなが
明るい笑顔になれてよかったです。
宮部さんは今年作家30周年だそうで。記念の年に相応しい宮部さんらしい作品だったのでは
ないかな。できれば、個人的には現代ミステリーを出版して欲しかったですけどね^^;