ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

下村敦史「黙過」/東野圭吾「魔力の胎動」

こんばんは。大阪で大きな地震がありましたね。今日は仕事が忙しく、続報をあまり
目にできていないのですが、鉄道やライフライン等のニュースを見ると、東日本の時を
思い出して胸が塞がる思いがします。9歳のお子さんが犠牲になったことが何より辛い。
被災された方々にお見舞い申し上げます。一日も早く復旧しますように。


読了本は二冊です。


下村敦史「黙過」(徳間書店
乱歩賞受賞から精力的に作品を出し続けている下村さんの最新作。
いろいろな角度から『生命の重さ』について考えさせられる短編集。
5つの短編集から構成されているのですが、正直3編目くらいまでは
いまいちぱっとしない結末のものばかりだなぁとちょっと食い足りなさを
感じていました。
一話目の『優先順位』は、交通事故によって病院に運び込まれた、肝不全で
意識不明の患者が忽然と消えてしまう話。
二話目の詐病は、パーキンソン病で自宅介護を受けていた父親の
病気が実は詐病であったことがわかり、兄と弟が戸惑う話。
三話目の『命の天秤』は、養豚場で、ある朝出産を控えた母豚十頭の胎内
から、すべての子豚が盗まれる話。
四話目の『不正疑惑』は、細胞研究所の有名な研究者で学術調査官だった
友人の自殺が、ある不正疑惑が原因かもしれないと知った精神神経医療研究センター
の副センター長である小野田が、情報をもたらした医療ジャーナリストと共に
真相に迫る話。
五話目の『究極の選択』は、敢えてあらすじを述べずにおきます。とにかく、
順番通りに読まれることをお薦めしますね。四話目まではまだどの順番で
読んでもさほど問題はないかもしれませんが、とにかく五話目は前の四作を
すべて読んだ上で読まないと、面白さが半減してしまうと思います。
四つ目までの話だけでも、それなりに考えさせられる主題は盛り込まれて
いるのだけれど、どの作品も、オチまで読んでもいまいちすっきりしなかったん
ですよね。なんかこう、なし崩し的な終わり方というか。
ただ、それにはちゃんと理由がありました。それが、ラスト一編ですべて
明らかになります。いろんなもやもやが一気にすっきりしました。
バラバラだと思われたそれぞれの作品が、この一編で一つに収束して行く
カタルシスはお見事。患者消失に関しても、詐病の理由に関しても、
子豚の盗難に関しても、優秀な研究者の不正疑惑の顛末に関しても、
何か腑に落ちず釈然としない気持ち悪さを覚えていたので、それらすべてに
説明がついたことですべてに溜飲が下がりました。
ラストで提示される『究極の選択』は、確かに究極かも。命の重さについて、
いろいろと考えさせられました。私が選択する立場だったら、どう感じる
だろう。自分の場合と、家族の場合とでもまた違った選択になるのかも
しれないです。でも、やっぱり○○の臓器を移植されるっていうのは抵抗
あるかな。死を前にしたら、考えが変わるかもしれないけれど。やっぱり、
死ぬのは怖いし。大事な人の死を見るのも辛い。うーん、やっぱり、究極の
選択かも。
タイトルの『黙過』は、『知っていながら黙って見過ごすこと』だそうです。
いろんな人の『黙過』の状況が描かれていると思います。
構成が素晴らしいですね。ミステリ作家として、着実に一作ごとに力をつけて
いらっしゃる感じがします。今後の活躍にも期待したいですね。


東野圭吾「魔力の胎動」(角川書店
東野さん最新作にして、映画が公開されたばかりのラプラスの魔女の前日譚。
ラプラス~』の硫化水素事件が起きる直前までの出来事が描かれています。ただ、
登場人物は大分違っていて、主人公は鍼灸師の工藤ナユタ。ナユタの顧客である
スキージャンパーの坂屋は、試合で以前の実力が出せずに悩んでいた。ナユタは、
そんな坂屋をサポートしている北陵大学の准教授、筒井の元を訪ねて来た羽原円華という
若い女の子と知り合いになる。彼女には不思議な能力があるらしく、大事な試合で坂屋に
最高の風をプレゼントするというのだが――というのが第一話のあらすじ。ナユタと
円華の出会いが描かれます。
二話目は、ナユタの顧客でナックルボールを得意とする野球選手の石黒の悩みを
円華の能力で解決するお話。
三話目は、ナユタと高校時代の友人脇谷にとっての恩師の悩みをこれまた円華の
力によって解決に導くお話。
四話目は、ナユタの顧客で盲目の作曲家、朝比奈の亡くなったパートナーの
死の真相を円華が突き止めるお話。
最終話である5話目だけは、円華は出て来ず、地球科学の専門家・青江が、赤熊温泉の事件
の前に灰堀温泉村で起きた硫化水素による死亡事件に関わった時のお話。ここから、
ラプラス~』につながって行くんだな、というのがよくわかりました。
ただ、正直『ラプラス~』の内容そこまで細かく覚えていなくて、登場人物なんかも
すっかり忘れていたので、こんな人出て来てたっけ?って感じでしたけど・・・^^;
青江や円華のボディガード武尾のことは覚えていたのだけど、青江の助手の桐原女史
のことは全然覚えてなかったです^^;できれば、『ラプラス~』おさらいしてから
読んだ方がより楽しめるかも。前日譚なので、こちらから先に読む分には問題なしですが。
ラプラス~』では円華のキャラにいまいち好感が持てないままだったのだけど、
本書でナユタに協力して、いろんな人の憂いを颯爽と解決に導くところはかっこよかった
です。若い十代の女の子とは思えない頭の回転の速さと言動には、度々面食らわされましたが。
四話で明かされる、ナユタに対する思いにはビックリ。それを意図してナユタに
近づいていたとしたら、いくつか腑に落ちないこともないわけではないけれど
(何ヶ月か連絡取らない期間があったり、ナユタからの接触で二人が近づいた話が
多かったので)。
ナユタの隠された性癖にも驚かされましたが。言われてみれば、伏線がちゃんと
張られていたのですねぇ。四話でナユタが山登りが趣味というのも、きちんと
一話目に伏線があったし。そういうところの芸の細かさは、さすが東野さんだなぁ
と思わされました。
一話完結方式なので読みやすいし、一作ごとにちょっとしたドラマも入ってるし、
長編の『ラプラス』よりも私は面白かったかも。円華の能力はこういうことにも
使えるんですねぇ。能力だけじゃなくて、頭もいいからでしょうけどね。ただ、彼女の
言葉遣いはアバズレ女みたいで、やっぱりあんまり好きじゃないですけどね。
余談ですが、ナユタと聞くと、私個人はどうしても佐々木淳子さんの古い漫画『那由他』を
思い出しちゃうんですよね~。大好きな漫画で、サウンドトラックのレコード
(じ、時代がバレる・・・^^;)も持っていました。未だにテーマ曲のサビも
覚えているしね。懐かしい・・・。