ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

辻村深月「噛みあわない会話と、ある過去について」/成田名璃子「東京すみっこごはん」

こんばんは。この間大阪の地震があったと思ったら、今度は日本全域で大雨。被害が
あまりにも甚大で、テレビのニュースを見る度に愕然としてしまいます。
自然災害の脅威を改めて感じさせられるばかりです・・・。とにかく、被害に
遭われた方が一日も早く日常を取り戻せるよう、祈るばかりです。


読了本二冊です。


辻村深月「噛みあわない会話と、ある過去について」(講談社
辻村さん最新作。四つの短編からなる短編集。タイトル通り、どこかが噛みあわない
人々のお話。噛みあわないのは、過去の記憶だったり、会話だったり、感情や思惑
だったり。
どの作品も、じわじわと不快感を覚える話ばかりでした。辻村さんって、こういうの
巧いよなぁ。
自分は覚えていなくても、過去に無意識に誰かを傷つけていることは誰にでもあるとは
思う。それを、何年も経って相手から突きつけられ、自分が犯した罪に直面する恐怖。
いじめた側は覚えていなくても、いじめられた側はどれだけ時間が経っていてもその
いじめの事実を忘れないのと同じ。過去の記憶を自分の都合のいいように改竄して、
自分はいいことをしたのだと悦に入る。相手がそれを不快に思っていたなんて考えも
しない。いじめっ子って、そういうタイプが多いと思う。本書の中では、二話目の
『パッとしない子』と四話目の『早穂とゆかり』のヒロインがそういうタイプですね。
この二作の主人公たちは、どちらも過去の出来事を勝手に自分のいいように解釈して
記憶を塗り替え、自分が過去に相手にした酷い仕打ちを正当化しようとして、相手から
反逆を食らってしまう。そして、自分がどれだけ醜い行動をしていたかを気付かされて、
プライドをずたずたにされるのです。思い上がっていた主人公たちには自業自得としか
思えないのだけど、それを突きつけられたからといって、痛快って印象はまるでない。
自分が過去にそういう経験を全くしていないとは言い切れず、どこか読み終えてばつの
悪い気持ちになるだけでした。主人公たちには共感も好感もまるで覚えないのだけど、ね。
一話目の『ナベちゃんのヨメ』は、大学のコーラス部の同期だった男子部員のナベちゃんが、
卒業して七年経って結婚が決まったという。ナベちゃんはみんなから好かれてはいたけれど、
当時は誰もナベちゃんを付き合う対象としてみている人はいなかった。そんな『いい人』
のナベちゃんの嫁になる人は、ちょっとズレた人らしい。彼女についてよくない噂を
聞いたコーラス部の仲間たちは、勝手にいろいろと詮索して、ナベちゃんの結婚を
心配するのだが、当のナベちゃんは彼女に心酔しきっている様子で――というお話。
私がコーラス部の仲間の立場だったら、確かにナベちゃんの嫁の言動には腹が立つし、
不審を覚えて心配すると思う。でも、本書の主人公のように、選んだのはナベちゃん
本人であって、横から口出しすることではないですよね。こういう問題はデリケート
だからなぁ。ただ、結婚式の余興でああいう注文をつけられたら、やっぱり同じように
ムカつくと思うし、何様?って思うかも。余興って、やってもらう方があれこれ言う
ものじゃないし。しかも、ほぼ面識もない関係なのに。お祝いするの嫌になるよね。
でも、本人たちが幸せなら、それでいいんだと思う。どっちみち、結婚したら、過去の
人間関係なんてほぼリセットされるんだし。とりあえず、ナベちゃんがその後も幸せ
そうなので良かったです。
三話目の『ママ・はは』は、アンソロジーで既読。子供の頃から母親に支配されて
来た主人公の友人が、時間をかけて自分の母親を『理想の母親』に改竄して行くお話。
ちょっとしたホラーみたいなお話ですね。自分にとって『いらない』と見なされたモノは、
自然と淘汰されていくという。自分自身が『いらないモノ』と認定されたらどうするんだろう。
ただ、友人の成人式の着物に関する母親の言動はあまりにも酷いと思いましたけどね。
世の中の毒親が、こうやって子供の『願い(=呪い?)』によって淘汰されれば、
虐待死なんて悲惨な事件がなくなるのだろうか。
二話目の『パッとしない子』は、主人公である教師の美穂は、今大人気のアイドル
高輪佑の小学生時代を知っている。当時、彼の弟の担任だったからだ。しかし、当時の
佑は、美穂の記憶にある限り、今のような輝きはなく、クラスの中でも『パッとしない子』
だった。そんな佑が、テレビ番組の撮影で母校訪問に来ることになった。美穂は数年ぶりに
佑に再会するのだが――という話。
恩師として接してもらえるものだと思いこんでいた美穂は、佑から思わぬしっぺ返しを
されることになります。あー、こういう教師、いそうだなぁと思いました。クラスの
ヒエラルキーの上にいる生徒たちには甘い顔をして、パッとしない下の方の生徒には
冷たい態度を取る。本人は悪いことをしている意識はまったくないっていう。まぁ、
私自身はそういう依怙贔屓はされたことないですけど(思えば平和な小学校だった)。
佑からの糾弾は、美穂にとっては青天の霹靂だったでしょうね。美穂は、この先テレビに
佑が映る度に、過去の自分の言動を後悔するんでしょうね。
四話目の『早穂とゆかり』も、地元紙のライターである早穂が、小学校の同級生だった
カリスマ塾経営者のゆかりにインタビューに行くのですが、その場でやっぱり過去の
出来事を相手から糾弾されるお話です。早穂が小学生時代にやっていたことは、いじめ
そのものですね。確かに、ゆかりみたいなズレたタイプは、クラスから浮きやすいし、
外されやすいとは思いますけども。クラス内ヒエラルキーの上位と下位の差。早穂は
上位にいて、ゆかりを見下す立場だった。そういう上の立場の子って、無意識に下位の
子を傷つける言動をしているものです。それが大人になって立場が逆転してしまった。ゆかりは、
小学生の頃の苦い経験を糧にのし上がったのでしょうね。再会さえしなければ、早穂は
ゆかりに劣等感を覚えることもなかったでしょうけど、過去の自分の行いを顧みさせられ
てしまったからには、一生この苦い痛みを抱えて生きて行くのでしょう。いい気になって
ゆかりに会いに行って、手痛いしっぺ返しをくらった。いい薬になったんじゃないで
しょうかね。
立場が違う相手同士の噛みあわない会話に、最後まで苦々しい気持ちにさせられました。
結局、無意識の悪意が一番始末が悪いということでしょうね。


成田名璃子「東京すみっこごはん」(光文社文庫
図書館の新着情報に三冊同時に入荷していて、タイトルが気になったのでとりあえず
一巻から借りてみました。文庫なので手に取りやすいし、文章も読みやすいので
さくさく読めて楽しめました。
商店街のすみっこにある古い一軒家では、毎日有志が集まり、お金を出し合って
当番に選ばれた人物が料理を振る舞う会が開かれている。締切は当日5時半までで、
三名以上六名以下で実施される。料理は、置いてあるレシピノートから作らなければ
いけない。素人が作る為、まずい日もあるが、文句を言わずに食べなければいけない・・・
等、いくつかルールが決められている。そんな「すみっこごはん」に、ひょんなことから参加
することになった高校生の楓。楓は、祖父と二人暮らしで、最近クラスでいじめにあって
いた。始めはすみっこごはんのメンバーたちに戸惑っていた楓だったが、毎日通ううちに
そこでの食事が癒やしになって行き――。
素人の共同台所というのが面白い発想だなーと思いました。まぁ、要するに素人料理人による
夕食の会って感じですね。変わってるなーと思ったのは、みんなで作るんじゃなくて、
くじ引きで一人だけが料理人になるところ。まぁ、高校生の楓や料理下手な奈央なんかは
周りに手伝ってもらってたりしますけど。参加するメンバーは、老若男女、時には国籍までも
さまざま。未婚既婚学生社会人・・・年齢や世代を超えて、こういう交流が出来る場って
いいな、と思いましたね。
お料理小説の割に、出て来る料理はオーソドックスな家庭料理ばかりなので、さほど
お腹が空くような描写は出て来ないのですが。作るのは基本素人ばっかだし。でも、やっぱり
プロの板前の金子さんのクリームコロッケや洋食が得意な丸山さんの作るナポリタンは美味し
そうだったな。
集まるメンバーたちは、それぞれに事情を抱えている人が多い。でも、一緒にご飯を食べる
ことで、それが心の癒やしになり、心の拠り所になって行くところがいいですね。
一話目の楓のいじめの描写は読んでいて苦しかった。でも、幼馴染の純也がいて良かったです。
まぁ、彼の存在がいじめを助長させる原因のひとつにもなったわけだけれど。楓のいじめの
原因と経過は、辻村さんの『かがみの孤城』の主人公と似ているな、と思いました。
楓がすみっこごはんで居場所を見つけられたのは良かったけれど、気になったのは、楓と
ご飯を食べなくなった祖父のこと。毎日ひとりでご飯を食べる姿を想像すると切ない。
おじいちゃんも一緒にすみっこごはんで食べれるようになればいいのになーとちょっと
思ってしまった。家具職人の仕事もあるから難しいのかもしれませんけども。
ラスト一編で判明する柿本さんの正体にはビックリ。確かに、ちょこちょこ伏線はあったと
思いますが。すみっこごはん設立の理由には、心を打たれました。レシピノートの作者の
子供があの人物だったのは、さすがに出来過ぎじゃないかと思いましたけど・・・^^;
ほんとに霊感が働いたんですかねぇ(苦笑)。
面白かったので、二巻目も早速予約しました。続きも楽しみです。