ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

窪美澄「夜に星を放つ」(文藝春秋)

第167回直木賞受賞作。実は、読んだ後で直木賞獲ってたことを知りました。

多分受賞された報道は目にしていたけれど、これがその作品だとは思ってなかった

んですよね。図書館の新着図書ページで、なんとなく見かけて、久しぶりに食指が

動いたので予約しておいたのでした。多分、受賞されてから予約してたら、とても

じゃないけど、読めるのはもっとずっと後になっていたと思う。ナイス、自分(笑)。

『星』に纏わる作品ばかりを集めた短編集。どの作品も胸にずしっと来ました。

人間のリアルな部分が、まっすぐに描かれている作品という感じ。心に傷を抱えた

人々が、もがきながら今を明日を生きて行く。何気ない日常でも、息苦しく生きづらさ

を抱えている人はいくらでもいる。文章が上手いので、ぐいぐい読まされました。

ただ、これが直木賞って言われても、正直「え、そうなの?」って感じではあった

かな。確かに上手いとは思うけど・・・短編集というのもあって、一作一作は

さらりと読めてしまうものばかりだし。でも、こういうタイプの作品が、一番

何気に人の心を揺さぶるものだったりもするのかもしれないな。

 

では、各作品の感想を。

『真夜中のアボカド』

双子の妹を亡くした私は、婚活アプリで出会った人と付き合い始めるが、相手

には隠している秘密があった――。

アボカド、私も種から水耕栽培で育てた経験あります。ほんと、びっくりするくらい

成長します。そして、今現在は庭に植わっていますが、めちゃくちゃ枝とか伸びるの

早いです。実が生るほど育てるつもりはないので、ばしばし切ってます^^;

婚活アプリの彼氏にはガッカリ。でも、実際こういう人間多いんだろうなぁと思う。

それに反して、妹の彼氏だった村瀬君の一途さが素敵だった。主人公は、こういう

タイプを好きになれば幸せになれるだろうにね。

 

『銀紙色のアンタレス

夏休みに、僕は海の近くに一人で住むばあちゃんの家に遊びに来た。後から、

幼なじみの朝日もやってくるという。そこで僕は一人の女性と出会い、恋をする

のだが――。

切ないひと夏の恋。真も朝日も、それぞれにほろ苦い夏の思い出になったと

思うけど、高校生の恋なんてきっとこういうものなんだろうと思う。

 

『真珠星スピカ』

二ヶ月前、母さんが事故で亡くなった。しかし、母さんはいつも家にいる。私には、

母さんの幽霊が見えるのだ。父さんには見えないみたいで、なぜか私にだけ――。

学校でいじめられている私は、母さんが見えることで救われて来た。でも、ある日

私をいじめている同級生が、こっくりさんをやろうと言い出して来て――。

いじめっ子を、こっくりさんで母親がやり込めるシーンはスカッとしました。どんな

時も、母親は娘を守ろうと必死になるものなんでしょうね。ユーミンの『真珠の

ピアス』は私も大好きな歌。まぁ、確かに歌詞は女の怖い部分が出ている感じが

しますね。

 

『湿りの海』

元妻は、突然僕に離婚を言い渡して、娘を連れて好きな人のいるアメリカのアリゾナ

州に行ってしまった。僕は、週一度、ズームを通してしか娘に会えなくなった。

会社の後輩は新しく恋愛をしろと勧めて来るが、気乗りはしない。しかし、そんな

ある日、僕の住むマンションの隣の部屋に、子連れの女性が引っ越して来た。僕は

二人と交流することで心の隙間を埋め始めた――。

なんか、勝手な女性たちに振り回される主人公がちょっと気の毒だった。元妻に

しても、隣の女性にしても。ま、主人公も優柔不断なところがあって、いまいち

好感持てるとも言いがたかったけれどね。

 

『星の随に』

僕が小学四年生の時に、弟の海君が生まれた。海君はとてもかわいくて、僕は大好き

だ。でも、父さんと再婚した渚さんは、海君を生んでからとても忙しくて大変で、

とても疲れているように見える。ある日、学校から帰ってドアの鍵を開けると、

ドアガードがかかっていて家に入れなかった。一度は大声で呼んで気づいてもらえ

たけれど、その日以来、僕が帰る頃にはいつもドアガードがかかっているように

なってしまった。渚さんはきっと、今、少し疲れているだけなんだ・・・。

この話は、本当に切なかった。そして、渚さんの言動はとても許せなかった。赤

ちゃんのお世話で疲れているからといって、これは絶対にやってはいけないことだ。

だって、完全に育児放棄だし。どう考えても、児童虐待だもの。

でも、そんな渚さんを必死で庇おうとする主人公の想がとても健気で、いじましくて、

胸が痛みました。本当に、良い子で、泣けた。もっと父親がしっかり渚さんも

想のことも気遣ってあげなきゃいけなかったとも思う。

佐喜子さんと想のやり取りがとても良かったですね。心の拠り所だった佐喜子さん

との別れが切なかったなぁ。でも、これからは両親共にもう少し想のことを気に

かけてくれると思いたい。想には、心の底から幸せになって欲しいと思いました。

 

坂井希久子「朱に交われば 江戸彩り見立て帖」(文春文庫)

江戸版カラーコーディネーターのお仕事小説第二弾。一作目がとても面白かったので、

二巻を読むのを楽しみにしていました。

謎の京男・右近の紹介で、右近が働く呉服屋・塚田屋で色見立ての仕事をすることに

なったお彩。しかし、お彩を雇うことが面白くない上に、弟を目の敵にしている

塚田屋の主人は、何かと彩に突っかかって来る。自分はロクに仕事もせずに遊び

呆けてなかなか店にいないというのに。挙げ句の果てには、お彩に新たな江戸の

流行色を作り出せ、出来なければ右近ともども店から追い出すと言い出した。様々

な問題を抱え、お彩は頭を悩ませることに――。

今回も、お彩さんの色見立てはお見事でした。塚田屋の人々は、店主の奥方のお春

さん以外は敵ばかりで、気の毒になってしまいます。特に店主の刈安と番頭はイヤな

ヤツですねー!嫌味な言動ばかりで辟易しました。まぁ、江戸の時代なんて、

まだまだ男尊女卑まっさかりの時代だろうから、女性が仕事で出しゃばることが

許せないんでしょうね。でも、それをお彩さんの見立ての実力で黙らせて行く

のが痛快です。もっともっとやってやれー!って応援したくなりますね。

飄々とした右近のキャラも良いですね。右近のお春さんへの不毛な恋が浄化して、

いずれお彩さんの方を向いてくれたらいいのにな~と思ってしまいます。なんだ

かんだでお似合いな二人だと思うなー(お彩さんは嫌がっているけどw)。

今回も、聞いたことがない色の名前がたくさん。色の名前の羅列を読んでいる

だけでも、うきうきしちゃいます。どの名前も素敵!江戸時代の色見本帖、見て

みたーーーい!当時の流行は、芝居や浮世絵なんかがきっかけだったりしたという

のも納得。いつの時代でも、素敵なものを見たら、自分も同じものを身に着けたい

と思うものなんですねー。面白いなぁ。

しかし、ラストの引きが強すぎる。えぇーー、ここで終わりなの!?この先が

読みたいのにっ!って思いました。

お彩が作った流行色は果たして流行るのでしょうか。ああ、早く次が読みたいっ。

 

歌田年「紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪」(宝島社)

個人的に一作目が面白かったので、二作目も手にとってみました。今回は中編が

三作入った中編集。前作で紙鑑定士渡部のバディとして活躍したプラモデル造形家

の土生井に代わり、今回のバディはフィギュア作家の團。土生井のキャラも好き

だったので、大幅に出番が減ったのはちょっと残念だったのですが(多少は出て

来ますが)、今回初登場の團氏もなかなか良いキャラクターだったので、こちらは

こちらで良い相棒だと思いました。どちらにしても、マニアックな技術と知識を

持っていることに変わりはなく、紙オタクの渡部も入れて、みんな自分の好きな

物に対する情熱がすごいなぁという感じ。好きこそものの上手なれ、とはよく

言ったもので、そのモノへの愛情や情熱があればあるほど、達人の域まで到達出来る

ものなんだなーと思わされました。

一話目の『猫と子供の円舞曲』は、依頼人が小学生の女の子。野良猫虐待に使われた

白い紙粘土の正体を探るお話。

容疑者のひとりとして登場する團ですが、人柄とその知識の広さで渡部の心を掴み、

その後の二作でも大活躍することに。身勝手な理由で野良猫を虐待する犯人には

腹しか立たなかったです。依頼人梨花が、転校してしまった少年と再び仲良く

なれて良かったです。梨花と渡部のラインのやり取りも微笑ましくて好きでした。

 

二話目の『誰が為の英雄』は、團が受けた、アメコミのキャラクターの一品物

フュギュアを巡るお話。依頼人の女性は、父親がいなくなって以来ふさぎ込みがちの

息子の為に、好きなアメコミ・キャラクターの一品物フィギュア制作を團に依頼。

出来上がったフィギュアは素晴らしい出来だったが、なぜか息子はそれを見た瞬間

気に入らないと突き返して来た。息子が望むフィギュアとは一体どんなものなのか?

印刷された青色の違いから、紙の不良に気がつく渡部の観察眼と紙の知識に脱帽

でした。紙鑑定士の面目躍如というお話でしたね。息子が本当に拘っていたのが

フィギュアではなく、あることだったところにちょっと拍子抜けしましたけども。

少年特有の反抗期のように見えて、まだ母親が必要な子供だったということなん

でしょうね。

 

三話目の『偽りの刃の断罪』は、渡部の旧知の石橋刑事からもたらされた案件。

懐紙に書かれた古風なラブレターの送り主が、送り手の女性の夫を刺殺し、家の

一部を焼いた罪に問われているという。しかし現場から凶器は消えていた。石橋

刑事は容疑者の人となりを知っていて、無実だと信じているらしい。渡部と石橋は

協力して事件を調べ始めるが。

コスプレ好きの仲間三人内で起きた事件。凶器消失の理由は、なるほど、と思わされ

ました。こんなモノが実在するんですねぇ。確かに、ソレって凶器になる時あります

ね。私もよく手を切ったりするし。特殊な加工をすれば、いくらでも鋭い刃になり

そう。

相変わらず、派手な車の持ち主である真理子さまはカッコ良かったです。もう少し、

渡部との絡みが見たいなぁ。お互いに憎からず想い合ってる風に見えるんだけど

なぁ。真理子さんの送迎が終わったら、二人の関係はどうなっちゃうんでしょうか。

 

今回も、ちょいちょい挟まれる紙ウンチクに感心したり、若干うんざりしたり(笑)。

でも、基本的には読みやすいですし、キャラクターも良いので、さくさく読めて

楽しかったです。

冒頭に、本の各部位の名前と、使っている用紙の詳細な解説が入っているあたり、

作者の紙に対する拘りを感じました。装丁も凝っていて素敵でした。

 

村田沙耶香「信仰」(文藝春秋)

コンビニ人間以来の村田作品。こちらも、王様のブランチで紹介されていて、

興味を惹かれたので予約してありました。

なんとも、へんてこな作品ばかりを集めた短編集です。いやー、ほんと、この人の

頭の中はどうなってんだろうか。

エッセイっぽい作品もあったりして、いきなり作者の顔が出て来て戸惑ったところも

ありましたが、村田さんらしい奇抜な設定の作品ばかりで、不思議な読後感でした。

まぁ、正直理解できない作品も多々ありましたけど、この人にしか出せない世界観

みたいなものは楽しめました。ちょっと、舞城(王太郎)さんっぽい作品なんかも

あったかな。天才は奇才ってことなんでしょうねぇ。

印象に残ったのは、表題作の『信仰』、生存率をテーマにした『生存』、エッセイ

っぽい『彼らの惑星へ帰って行くこと』、多分完全にエッセイである『気持ちよさ

という罪』辺りかなぁ。他はちょっとSFぽさが入っている作品が多かったような。

『信仰』は、まさしく信仰について考えさせられる作品でした。『原価いくら?』

が口癖で、どこまでも現実主義の主人公が、怪しげなカルト商法に誘われて、足を

突っ込もうとするお話。でも、どこまでも現実主義だから、どっか引いてるという。

ラストは想像するともう、カオス。なんじゃ、こりゃ、って感じでした。

『生存』は、自分の生い立ちやら頭脳やらで、生まれつき生存率が決まってしまう

世の中の話。努力次第で多少は生存率UPも望めるとはいえ、世知辛い設定だなぁ

と面食らわされました。最後は努力することさえ放棄した主人公の投げやりさに

なんだか胸が締め付けられる気持ちになりました。パートナーの彼もなんだか

気の毒だった。

『彼らの惑星~』『気持ちよさ~』は、村田さんご自身の生きづらかった経験が、

文章からにじみ出ているように感じました。心の中にいる『イマジナリー宇宙人』

って存在は、きっと誰もが似たような経験あったりするんじゃないかなぁ。

現実にはない、どこか違う世界にいる筈の友達。まぁ、言ってみれば現実逃避

ってやつですけど。それがないと、自分を保っていられない時って、絶対誰にでも

あると思うんだよね。辛くて逃げたい時、助けてくれる存在や場所。空想の世界。

それは精神的な弱さなんかじゃない。自分を逃がす為に、絶対に必要な場所なんだと

思う。のほほんとしていて不思議キャラだと思っていた村田さんの、心の深淵

を覗いたような気持ちになりました。

『気持ちよさ~』は、多様性という言葉についても考えさせられましたね。最近

流行りの多様性。なんでもかんでも多様性。多様性を認めろ。個性を認めろ。

それで傷つく人もいるんだな、と。マイノリティだからいいって訳でもないし、

みんなと一緒だからいいって訳でもないし。その人それぞれが認められる世の中

になれば良いなと思わされました。

秋吉理香子「終活中毒」(実業之日本社)

秋吉さん新作。以前に読んだ『婚活中毒』に続いて、今回のテーマは終活。四人の

終活話が収録されています。どれも面白かった。救いのないオチ、心温まるオチ、

グッと来るオチ、ほろっとさせてくれるオチ・・・同じ終活をテーマにしていても、

読後感がどれも違っていて、バラエティに富んだ作品集になっていると思います。

自分も四十代後半になってきて、少しづつ終活のことも考え始めなきゃいけない

のかなぁ、と身につまされるところもありましたね。

 

では、各作品の感想を。

 

『SDGsな終活』

癌に侵され、余命僅かの真美子と結婚した僕。真美子は、残りわずかな時間を、

SDGs活動に費やすと決め、地方に引っ越して来た。都会暮らしが慣れていた僕

には、真美子の望む暮らしは少しも楽しくなかったが、これもあと僅かの辛抱。

真美子の命はあと一年半ほど。真美子が亡くなれば遺産が手に入り、楽しい暮らし

が待っているのだ――しかし、事態は思わぬ方向に進んで行くことに・・・。

まぁ、こうなるだろうなっていうオチでしたね。打算的な主人公にムカムカして

いたので、ある意味痛快にも思えたけれど、真美子のぶりっ子な言動にも辟易して

いたので、どちらにも嫌悪の気持ちしか持てなかったですね。ま、どっちもどっちで

一周回ってお似合いの夫婦だったのかも。四作の中では、一番秋吉さんらしいイヤミス

的なオチじゃないかな。

 

『最後の終活』

妻が亡くなって以来ずっと疎遠だった一人息子の浩未が、妻の三回忌を理由に突然

戻って来た。しばらく家に一緒に住むという。もともと折り合いの悪かった息子の

突然の申し出に戸惑ったものの、帰って来た浩未は以前とは別人のように優しく

なっていた。浩未は、三回忌をするにあたって、あちこちボロが来ている実家の

リフォームをするべきだと言う。浩未に説得されてリフォームを承諾したわたしは、

二人で少しづつ家の整理を始めるのだが――。

息子がいやに高額のリフォームを勧めるから、変だなぁとは思っていたのですが・・・

案の定な展開へ。やっぱりこうなるか、と思いながら読み進めて行くと、ラストで

予想外の出来事が。いや、途中の怪しげな電話が、こう繋がるとは!しかも、

うんざりするような展開の末に、こんな感動が待っているとは思わず、いい意味で

一番裏切られた作品だったかも。

 

『小説家の終活』

大人気作家の花菱あやめが亡くなった。かつてあやめと作家仲間だったわたしは、

あやめの形見分けに来ないかと誘われた。あやめとわたしは、過去に少なからぬ

因縁があったが、参加することにした。そこでわたしは、あやめが生前使って

いたワープロを貰い受けた。そのワープロの中に一枚のフロッピーディスク

残されており、中を見てみると、彼女の未発表作と思しき小説が保存されていた。

読んでみると、素晴らしい傑作だった。そこで、わたしは出来心で、この作品を

自分の書いたものとして当時の担当編集者に送ってしまった。すると、担当は

興奮して、これを本にしようと言って来て――。

亡くなったあやめは、過去に主人公の小説家に対してしてしまったことをずっと

悔やんでいたのでしょうね。主人公がどんどん本当のことを言えなくなり、窮地に

陥って行くところにハラハラさせられました。でも、彼女が最後に選んだ選択は、

彼女の小説家としての矜持を感じました。一作ヒットしたところで、大事なのは

その後ですから。文章の違いとかクセとか、誰かしらにバレる可能性も高いでしょう

しね。でも、主人公がこれを機に、再び文章を書く気力が持てたのは良かったと

思いました。

 

『お笑いの死神』

売れないお笑い芸人の俺は、貧乏ながらにヨメと子供と幸せに暮らして来た。ずっと

苦労かけて来たヨメをもっと幸せにしてやりたいと決意した矢先、医師から非常にも

癌を宣告されてしまった。余命僅かな俺は、最後にお笑いグランプリに挑戦し、

ヨメに優勝賞金を残そうと考えた。その日から、猛特訓が始まった。一回戦当日、

会場には怪しげな黒装束の男がいた。そいつは、以前、自分のライブの時に会場

にいて、一度も笑わなかった男だった。一、二回戦もその先に進んでも、やっぱり

男は会場にいて、一度も笑うことがなかった。しかも、男は回を重ねるごとに近い

席に座っている。もしや、男は死神なのでは――?

男の正体は思っていた通りでした。正体明かすの遅すぎだよ・・・。主人公のヨメ

が本当にいい子で頑張り屋で、だからこそラストは切なかった。子供と一緒に、

幸せになって欲しいな。きっと主人公もそれを一番望んでいると思う。

 

 

 

 

 

朝倉秋成「俺ではない炎上」(双葉社)

話題になっている『六人の嘘つきな大学生』が、あまりにも予約数が多いので

借りられない為、二作目のこちらから読むことになりました。

SNS上で自分のアカウントを乗っとられ、『女子大生殺害犯』として

炎上し、実名も顔写真も世間にさらされ、逃亡せざるを得なくなった中年男の

逃走劇を描いたサスペンス・ミステリー。

序盤は、全く身に覚えのない罪を着せられて全国に顔や名前を晒されてしまった

主人公の山縣泰介の境遇が恐ろしいやら、腹立たしいやらで、読み進めるのが

イヤでイヤで仕方なかったです。ページをめくる度にどんどん事態が酷いことに

なって行くし。

これぞイヤミス!って展開のオンパレード。でも、SNSのなりすましって現実の

ニュースでも取り上げられたことがあるし、いくらでも身近に起きる犯罪。

だからこそ、たった一通のリツイートから全国的に炎上してしまう過程がリアル

過ぎて、ぞっとしました。もし、自分が主人公と同じ立場になったら・・・

怖すぎる。なりすましだと証明する方法もわからないし、警察に言っても信じて

もらえないだろうし。いやもう、ほんとにリアルにありそうで、先の展開には

最悪の事態しか思い浮かべられなくて、読むのがキツかった。

でも、最初は泰介に同情的だったのだけど、日頃の彼の周りの人に対する

振る舞いや人となりが明らかにされていくうちに、少し見方が変わって行きました。

人に恨みを買いやすい性格。泰介が炎上して、どれだけ周りの人に自分が無実だと

訴えても、誰ひとり信じてもらえなかったことを考えると、因果応報にも思えて

来て。まぁ、だからといって、全く無関係の殺人事件の犯人にされてしまうのは

絶対にやり過ぎだと思いますけども。

中盤以降、泰介の逃亡が佳境に入るにつれて、どんどん読むスピードも上がって

行きました。虎のスカジャンを巡る一連の描写にはハラハラさせられたな~。

客が忘れて行ったブルゾンも伏線のひとつだったとは。

本書は、主人公の泰介視点以外にも、娘の夏美視点と、大学生の住吉初羽馬と、

警察官の堀視点の四つから語られます。この構成が抜群に上手いですね。

いやもう、完全に騙されてましたねぇ。最後まで読んで、そう繋がるのかーーー!!

と目からウロコの気持ちでした。謎の言葉『からにえなくさ』の意味。えばたん

とセザキハルヤの正体。翡翠の雷霆のピンバッチ。『サクラ(んぼ)』の正体。

ちゃんと全部が綺麗に一本の線で繋がって行く。気持ちイーーー!

途中挟まるSNSの若者たちのツイートがやたらにリアルでしたね。作者も

ツイート世代の方なのかな。自分がやってないから、想像でしかわからないの

けど^^;実は、ツイッターの機能自体もよくわかってないという・・・。

今だとツイッターよりもTikTokとかの方が若者は使ってるイメージがあります

けどね。

冒頭で泰介と険悪ムードになっていた泰介の取引会社の青江が、唯一泰介の逃亡

を手助けしてくれた時には、泰介同様じーんと来てしまった。それも、泰介が

口うるさく言葉遣いを指摘していたおかげっていうのが、なんとも皮肉でしたが。

元部下の家に行った時の元部下の態度は、青江とは対照的でしたね。でも、これも

自分がまいたタネだった訳で。自業自得だよな、と思いました。元部下の塩対応

は、当然の報いだと思いました。

元部下の本音を聞いて、自分の振る舞いを反省したかと思った泰介が、終盤

職場に戻って同じことをしようとしたところにうんざりしました。なんだよ、人は

結局変われないのかよ、と。でも、そこで終わりじゃなくて良かった。ラストは、

ちゃんと大事なことを思い出せたので、すっきりした気持ちで読み終えられました。

とてもよくできたミステリーで、話題になっているだけあるな、と感心しました。

評判の良い『六人~』も、いつか読めるのを楽しみにしていたいと思います(文庫

落ち狙い)。

 

 

 

長岡弘樹「殺人者の白い檻」(角川書店)

長岡さんの新刊(刊行ペースが早いから最新刊ではないかも?^^;)。

脳外科医の尾木敦也は、刑務所のすぐ隣の病院に勤務していたが、六年前に

両親を強盗殺人で失って以来、スランプに陥り、最近は休職中だった。そんな

尾木に、ある日『隣』からくも膜下出血で搬送されて来た『スペ患』の執刀を

して欲しいと院長から頼まれる。休職中を理由に断ろうとしたが、院長命令と

言われ押し切られてしまう。手術は上手く行ったが、執刀後、尾木はこの患者が

両親を殺した罪で起訴され、死刑判決が出た定永宗吾だと知り、愕然とする。

定永には重い後遺症が残り、リハビリが必要な状態だった。死刑執行は体調が万全な

状態でなければ実行されない。定永は裁判から判決が出るまでずっと、犯行を

否認していた。定永はリハビリを拒否するかもしれない――しかし、定永はリハビリ

に意欲を見せ始めた。定永の真意とは。

被害者遺族として定永を憎む反面、執刀医として自分の患者である定永を見守ら

なければならないという、究極の立場に立たされた脳外科医の苦悩を描いた

医療ミステリー。長岡さんらしい主題だなぁと思いました。

医者としては患者を助けたい、でも両親を殺した犯人には死んで欲しい、両方の

気持ちのせめぎ合いの心理描写がリアルで、尾木の苦悩が伝わって来ました。

犯罪者を執刀するお医者さんは、いつも理性と倫理のせめぎ合いだったりするの

かな。無差別殺人を犯した犯人とか、子供を殺した幼児性愛者とか、憎むべき

犯罪者はたくさんいて、犯罪時に大怪我を負って搬送されるケースも多い。でも、

執刀する医者にとっては、手術台に乗った時点で、ただの『怪我を負った助ける

べき患者』になるのだろうか。そう考えると、お医者さんって、やっぱり大変

だしメンタルもやられそうな職業だなぁと思う。尊敬の念しかないな。

尾木は、複雑な思いを抱えながら、リハビリに励む定永と少しづつコミュニケーション

を取って行くうちに、定永に対する思いにも変化が現れて行く。定永は無実かも

しれない。しかし、その場合、真犯人が見つからない限り、憎むべき対象が

いなくなり、自分の気持ちの行き場がなくなってしまう。尾木の苦悩と逡巡が

伝わって来て、胸が痛みました。

真相は、なるほど、そういうことだったのか、と思いました。でも、さすがに

偶然が過ぎるような印象もありましたけど。尾木の妹である菜々穂が一番可哀想

でしたね・・・。ここまで待たされて来て、挙げ句この結末とは・・・。相手の

罪深さに、二重に腹が立ちました。まだ、支えてくれる兄がいて良かったのかな。

菜々穂にはこの先幸せになって欲しいなぁ。

長岡さんらしい、医療ミステリーでした。