ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

アミの会「おいしい旅 初めて編」(角川文庫)

女性作家ばかりを集めたアミの会(今回初めて(仮)が取れたようです。正式名称

になったんですかね?)による、食と旅にまつわる文庫アンソロジー。同時発売で

『思い出編』も出ています。もちろん、そちらも予約中。

旅に出たら、やっぱりついて回るのはおいしい食べ物!旅行大好きの私には

ぴったりのアンソロジーでした。本書は、それに加えて『初めて』というテーマも

加わっています。旅行で初めて経験することってたくさんありますよね。だいたいが

初めて行く場所でしょうしねぇ。いろんな旅にまつわる『初めて』が出て来ました。

アミの会に寄稿する方は実力作家さんばかりなので、いつも読み応えがありますね。

好きな作家さんも多いので、今回も楽しめました。

 

では、各作品の感想を。

坂木司『下田にいるか』

旅行会社に勤める主人公が、思い立って下田に行くお話。コロナ禍の旅行会社は

本当に苦労されていると思います。何でも詰め込み過ぎる主人公の気持ちは

わからなくもない。せっかく旅に行くんだからあそこも行きたい、ここも行きたい

って思っちゃうのは私も共感出来ますもの。企画する側がそれやっちゃうと、

いろいろ弊害が出て来るでしょうけどね。いざ自分が旅行する側に立って、いろんな

『はじめて』にいちいち感動できる主人公の素直さに好感が持てました。いるか

ショーでその場にいる人々と感動を分かち合ったシーンが微笑ましかったです。

 

松尾由美『情熱のパイナップルケーキ』

駅ビルの福引で十万円の旅行券を当てた主人公が、台湾ひとり旅に出る話。台湾に

行く話を職場にすると、台湾支社へのお使いを頼まれる。プライベートの旅行

なのに、職場の用事を言いつけられるって、私だったら絶対イヤだなぁと思った

けど、断れない主人公は引き受けることに。台湾支社の男の言動にはムカムカ

しました。台湾は大好きなところだけど、パイナップルケーキが美味しいと思った

ことはないんですよねぇ・・・私が食べたことがあるのがたまたま美味しくなかった

だけなのかなぁ。

 

近藤史恵『遠くの縁側』

下着メーカーに勤める主人公は、仕事でアムステルダムの見本市に行った際、

カバンの盗難に遭い、パスポートや財布を盗まれてしまう。大使館で帰国の

ための渡航書を発行してもらう手続きをしたが、手元に届くのは二日後になるという。

ぽっかり開いた二日間をどうやって過ごそうか・・・。

アムステルダムはヨーロッパ旅行の乗り継ぎ地点ってイメージが強いです。私も

空港は行ったことがあるのだけど、その地に降り立ったことがなくて。観光も

してみたいなぁといつも思ってました。コロッケの自販機があるってびっくり。

海外にもいろんな自販機があるんだなぁと思いました。B級グルメ的なものが

たくさん出て来て、どれも美味しそうだった~。

 

松村比呂美『糸島の塩』

旅行会社に勤める幸は、実施しない海外旅行のパンフレットをターゲットの優子に

見せ、お得だと言ってお金を出させようとした。コロナで経営が厳しいことを

理由に、愛人関係にある社長から厳命されたからだ。しかし、優子はそれを

見抜いていた。しかし、優子はなぜか詐欺行為を働こうとした幸に、糸島旅行に

一緒に行って欲しいと言って来て――。

コロナになって、余計にこういう詐欺行為を働く旅行会社が増えたりしているの

かな。厳しいのは大手だって同じだとは思うけども。幸に詐欺めいたことをさせよう

とした社長の片桐には腹しか立たなかったです。恋愛の方もですが。幸は、優子と

出会えて道を誤らずに済んで本当に良かったと思う。これから、一緒にいろんな

場所に旅行に行ったりできるようになればいいな。糸島はすごく行ってみたくなり

ました。島系大好き。塩おにぎりも塩プリンも、とても美味しそうだった。

 

篠田真由美『もう一度花の下で』

祖母が亡くなって十年が経っていたが、ある日突然、自宅に祖母が持っていた

立派な木箱に入った銀のスプーンセットが送られて来た。その中の一本は、実は

わたしが子供の頃に盗んで手元に持っているものだ。しかし、セットはしっかり

6本揃っていた。古道具屋に見せると、一本はやはり、メッキの偽物らしい。

届いた包みの中には、奇妙な図のようなものが書かれた紙が入っていた。どうやら、

函館の地図らしい。私は地図に書かれたいくつかの場所を巡ることにした――。

お馴染みの古道具屋シリーズ。篠田さんらしい、郷愁漂う一作でしたね。

 

永嶋恵美『地の果ては、隣』

鉄オタの萌衣は、思い立って聖地巡礼を目的に、サハリン四泊五日の旅に出る

ことに。しかし、同じツアーの客は年齢層の高い人ばかりで、話が合いそうにない。

しかも、楽しみにしていた鉄道乗車体験が運休になり、中止になったという。

ショックを受ける萌衣だったが――。

このご時世に、ロシア旅行をテーマにするって、なかなかチャレンジャーだなぁと

思いましたが、萌衣が旅行に行ったのはコロナの前、もちろん戦争も始まって

いない時のロシア。本来なら、見どころもたくさんある、美しい国なのですよね

・・・。もちろん、食べ物だって美味しいものがたくさんあるだろうし。この

お話の中でのように、日本人が自由にロシア国内を旅行出来たことが、今となって

は、おとぎ話の世界のように遠くに感じられてしまいます。作中で、ツアーに

参加していた老婦人が、『当たり前が当たり前じゃなくなる瞬間なんて、知らない

ほうがいいに決まってる』と萌衣に話すシーンが、心にずっしりと残りました。

作者も、同じように感じていたから、このお話を書いたのだろうなと思いました。

本当に、タイトルのように、この国は地の果てよりも遠いところになってしまった。

一生行けない場所になってしまったであろう事実が、心に重くのしかかって来ました。

 

逗子慧『あなたと鯛茶漬けを』

母が入院している松山の病院で、たまたま拾った劇団公演のチラシがきっかけで、

知り合いになったののさんののさんと私はとても気が合った。ののさんとは

何度も美味しい鯛茶漬けを食べに行った。でも、ののさんも私も環境が変わり、

少しづつ会う機会が減って行った――。

逗子慧さん、十代の頃、姉が読んでいたので何度か読んだことがありました。

懐かしい!ちょっと耽美系とかファンタジーっぽい作品を書かれる方だった記憶が

あるのだけれど(昔過ぎて、記憶違いもあり得るかも^^;)。

最近はどんなものを書いていらっしゃるのかな。本書は普通の現代物で、全然

思っていた作風が違うのでちょっと驚きでした。

鯛茶漬け、私も大好き。美味しい鯛茶漬け食べたくなっちゃった。

 

コロナで、なかなか思うように旅行に行けない日々が続いていたけれど、少し

づつ旅行業界も活気が出て来ましたよね。海外に自由に行けるようになる日も

そう遠くはないのかなぁ。でも、円安がねぇ。ほんと、若い時に海外いっぱい

行っておいて良かったよ。新婚旅行のタヒチなんて(今行けるのかすらわからない

けど)、今行けたとしたら、一体いくらかかるのか・・・当時の3倍くらい

かかりそう^^;;

国内旅行も、来年は少し遠くまで行けたらいいなぁ。こういう作品読むと、

旅行熱が高まっちゃって困るよ(苦笑)。

 

そういえば、アミの会の常連だった光原百合さんがお亡くなりになったの

ですよね・・・。潮ノ道シリーズももう読めないなんて(涙)。それに

追い打ちをかけるように、津原泰水さんの訃報も・・・好きな作家さんの

訃報は本当に打ちのめされた気持ちになります。新作が読めなくなるのが

ただただ悲しい。

ご冥福をお祈り致します。

 

 

 

又吉直樹・ヨシタケシンスケ「その本は」(ポプラ社)

又吉さんと人気絵本作家ヨシタケシンスケ氏のコラボ作品。装丁も内容も絵本

よりの作品ですかね。書店で見かけた時から「絶対読みたい!」と思っていたので、

図書館入荷してすぐに予約しておいたのですが、巷でも結構話題になっている

ようで。今は200人以上の予約が入っているようです。

読みやすいですし、絵も多いので、あっという間に読めちゃいます。1時間も

あれば、ほとんどの人が読めちゃうんじゃないかな。

冒頭に本が大好きな王様が出て来ます。本が大好きな王様でしたが、年を取って

ほとんど目が見えなくなってしまいました。それでも、もっともっとたくさんの

本が読みたい王様は、二人の男を呼び寄せ、二人に、世界中を旅して回って、

珍しい本の話を知っている者を探し出して話を聞き、その話を王様に話して聞かせて

欲しいと頼みます。二人の男はそれぞれに旅に出て、たくさんの珍しい本の話を

集めて戻って来ました。そして、その話を毎夜王様に語って聞かせるのです・・・。

二人の男とは、もちろん又吉さんとヨシタケさんがモデル。又吉さんサイドの

お話は小説風。ヨシタケさんサイドのお話はイラストとちょっとした文字で、

それぞれに集めた本のお話が披露されて行きます。毎度、語り始めは『その本

は・・・』で始まります。だからこのタイトルなんですね~。

くすっとできる話から、考えさせられる話、ほろっとさせる話、胸が痛くなる

ような話・・・いろんなタイプの本のお話が次々と披露されて行きます。ヨシタケ

さんサイドのお話は、絵がとにかく可愛らしくて、それを見ているだけでも

なんとなく癒やされました。ヨシタケさん御本人の体験談みたいなものも多く、

心をぎゅっと掴まれるようなお話もありました。

又吉さんサイドのお話は、さらっと読めるものもあれば、長編で読みたいくらいの

力作もありました。私が一番印象に残ったのは、多分収録作品の中では一番長い

第7夜の、クラスの中で一人浮いている僕と、転校生の竹内春のお話。冒頭の

一文に、ラストまで読むと、主人公僕の願いが込められていることが伺えて、胸が

苦しくなりました。主人公二人の交流に心が温まりましたが、終盤の展開はとても

辛く悲しかった。この一作だけでもこの本読む価値はあると思いましたね。又吉

さんの優しさが溢れている作品じゃないかな。

あと、第9夜のゾンビのお話はくすりと笑えました。うちの相方も以前、常に

ゾンビと戦う為にはどうしたらいいかを考えてる、とかフザけたことを真顔で

話していたことがあるので、それを思い出してしまいました(ゾンビ好きの人は

大抵同じことを考えている!と断言されましたが・・・そういうものなの?^^;)。

こちらはゾンビが怖くなくなる方法についてですけどね(笑)。

二人から本の話を聞き終えた王様のその後には切ない気持ちになりましたが、

たくさんの本の話を聞けた王様は満足だったのじゃないかな。

が、しかーし、驚いたのはその後のオチ。えぇ~・・・。

確かに、又吉さんらしいオチだと云えなくもないですけども。

まぁ、ラストはちょっとガクっと来たところもありましたけど、装丁も挿画も

内容も、とても愛らしい本だと思いました。ヨシタケさんの絵や文字は本当に

味があって可愛らしいですね。すべての本好きさんにオススメしたいですね。

 

 

 

畠中恵「こいごころ」(新潮社)

年に一度のしゃばけシリーズ第21弾。今回も若旦那は安定の虚弱体質。作中で

どれくらいの時間が流れているのかよくわからないのですが、現在の若旦那の

年齢っていくつくらいになっているのかな。シリーズ始めは十代だったと思うの

だけれど(17くらい??)。この時代に、これだけちょっとしたことで寝込んで

いるのに、生きていられるというのが、もうすでに奇跡のような気がする(笑)。

毎回(今回もだけど)、結構命に関わる危険な目に遭ったりもしているのに。

もちろん、最強の妖し二人がついているし、本人に妖しの血が流れているってのも

大きいのでしょうけどね。

今回は、やっぱり表題作の『こいごころ』が印象に残っているかな。小さな妖し

笹丸を助けようと頑張る若旦那が切なかった。いつもは若旦那の具合が悪くなる

ような厄介事を持ち込まれたら激怒する兄やたち二人が、なぜか文句も言わず

協力的だったのも、すべて笹丸の為だったとは。でも、理由を知って納得しました。

永遠の命を持っていると思っていた妖しにも、寿命があったりするのですね。

力の強い妖しだったら長生きするのでしょうけど、それ以外の妖したちはそうじゃ

ないってことでしょうか。長崎屋の妖したちだったら、一体誰が一番長生きなのかな。

仁吉と佐助は除外するとして。例えば屏風のぞきと貧乏神だったらどっちが?鳴家

は小さいし妖力も少なそうだからそう長くは生きられなかったりしそうだけど。

とか、いろいろ考えてしまった。笹丸ちゃんが○だったのはびっくりしました。

最後に一太郎に会いに来たってのがもう、なんとも健気で。最初、図々しいやつら

だなぁと思ったのだけれど。

今回は初登場の妖しも。長らく一太郎の主治医を務めて来た源信医師が突然隠居

すると言い出した。足を折り不自由をしていたことをきっかけに、品川の娘家族の

元で暮らすことにしたという。問題なのは、長崎屋の主治医の後継が誰になるか。

数人の候補の中で絞ることになった。候補の中には妖しの火幻も。一体誰が源信

医師の後継に選ばれるのか?

選ばれたのはやっぱりあの人物でしたね。まだ性格とか掴みきれないところも

あるけれど、なかなか面白いキャラクターですね。これから登場頻度も多く

なりそうです。少々乱暴なところもありそうですが、腕は良さそうなので、

ぜひとも一太郎の体調を少しでも良くしてあげて欲しいものです。

今回も、切ない話あり、ほのぼのした話あり、ちょっぴり怖い話ありで、安定して

楽しめました。若干ネタ切れして来たような気がしないでもないですけど・・・

また夢の中に囚われて危険な目に遭ってましたしね^^;

 

朝井リョウ「そして誰もゆとらなくなった」(文藝春秋)

朝井さんの最新エッセイ。三部作のラストだそう。一作目まだ読めてないけど、

前作がとても面白かったので、読むの楽しみにしてました。

いやー、もう、お腹痛くなるくらい笑いました。朝井さん、なんでこんなに

面白い経験ばっかりしてるんですか!?ビロウなお話が多いので、食事前とか

食事中(まぁ、食べながら読む人はそんなにいないとは思うけどさ)は絶対

読まない方がいいですよ。吹き出す可能性もあるしね。あと、電車とか人前も

絶対注意です!!前半、笑い過ぎて文字追えなくなった章とかもありましたから。

朝井さんって、基本的には出不精で引きこもりみたいな生活しているくせに、

いざ何かをしよう!と思い立ったら、なぜあんなに行動的になるのでしょう。

友達も多いし、かなりのリア充ですよねぇ。結婚式の余興にあれだけの心血を

注いで取り組む人もなかなかいないんじゃないですか!?それを一緒に真剣に

取り組んでくれる仲間がいるのがまたすごい。ノリのいい友達がたくさん

いらっしゃるんでしょうね。余興で人体交換マジックって!!観たことないよ!!

それ以上に笑ったのは、小籠包のくだりだな~。小籠包の指輪って何だよ~!(爆)

もらった奥さんどう思ったんだろう・・・。新郎もどこかで気づいてよ!多分

それ奥さん喜ばないよぅ・・・。

取り上げたいエピソードが山ほどあって、どれもが強烈な印象過ぎて、どれを

取り上げていいのかわかりません。サイン会での空回りっぷりとか(でも、あれ

だけの時間をかけて準備するところがすごい。私だったら、手紙の内容覚えてて

くれたら絶対感動するけどね)。

書店説明会での講演の回も面白かったな~。合間になぜか突如挟まる健康情報

・・・想像すると、もう、お、おかしくて。ひー。面白すぎた。

海外旅行記も面白かったです。前回のハワイ編も面白かったけど、朝井さんの

観光地に対するテンションの低さがね。もう、なんとも言えず面白い。そして、

必ず挟まるトイレに纏わるトラブルの顛末。でも、長距離の移動とか旅行で

トイレを確認する気持ちはすごくよくわかる。朝井さんほどじゃないけど、私も

外出先でトイレに行けない恐怖って、常に心の中にあるもの。海外旅行に行った時

は、ひとつ観光地に寄る度に必ずトイレ行くし。ほとんどの国で、いつでも

行ける訳じゃないから。日本が異常なんですよね。どこ行っても、必ずトイレ

が設置されてるって。そこらの公園にもあるし。海外では、行きたくなくても、

必ずどっかでトイレ見つけたら、入ることにしている。中にはトイレが有料って

ところもありますからねぇ(その割に綺麗じゃなかったりする)。

まぁ、共感できるとはいえ、朝井さんのトイレ事情はさすがにちょっと度が過ぎる

とは思いましたけど(苦笑)。旅行一緒に行く人は大変だろうなぁ^^;

どの章もほんとに面白かったです。これ、本当に実体験なの!?って疑いたく

なるようなものがいっぱい(証拠の写真があったりするから信じない訳にいかない

のだが)。踊るのが好きで、いろんなところで踊りまくってるってのもびっくり

(上手くはないらしいw)。目立つのとか嫌いそうなのに、やたらと目立つこと

ばかりやりたがるのは何なんだ。どのエピソードも面白すぎる。

あ、もうひとつ強烈だったエピソードを言及し忘れていました。それは・・・

12月のクリスマスシーズンをいいことに、

 

ホールケーキ丸ごと5個食べた。

 

えぇ(絶句)。しかも、綿密に3~5日間隔で引き取りに行き、ひたすら

ホールケーキを食べ続けるという。ねぇ、糖質とか脂質とか大丈夫!?って

思いましたよ。えぇ。そして、案の定、その後の人間ドックでの結果が・・・

 

〇〇〇異常症

 

朝井さぁん・・・。そりゃそうだよ。そうなるよ。で、それがWikipediaにも

書かれる羽目に(笑)。そこから食事改善とかいろいろまた面白エピソードに

繋がるんですけどね。本人笑い話みたいに書いてるけどさ。ほんと、健康には

もう少し気を付けて頂きたいなぁ。いろいろ身体的に問題を抱えていらっしゃる

のですから。お元気で、もっともっと活躍して頂きたいのでね。

 

あと、柚木(麻子)さんとはほんとに仲いいんだな~って思いました(笑)。

面白くてあっという間に読み終わってしまった。早く読み逃してる一作目も

読まなくては。

辻村深月「嘘つきジェンガ」(文藝春秋)

辻村さん最新作。詐欺に纏わる三つの中編集。一作目のロマンス詐欺のやつだけ

アンソロジーかなんかで既読でした。ざっくりしか覚えてなかったから、再読

出来て良かったです。まぁオチとかだいたい覚えていたけれどね。

詐欺の話ばかりなので救いのないオチになるかと思いきや、読後はどれもそれほど

悪くない。途中までは嫌な気分になる話ばかりなんですけどね。最後は意外と

思わぬ方向へ進むものばかり。読んでる間は最悪の結末しか思い描けないんです

けどね。騙す側、騙される側、どちらに自分が転ぶかは紙一重のところにいる、と

思わされるお話ばかりでした。日常に潜む詐欺事件が、とてもリアルに描かれて

いるな、と思いました。

 

では、各作品の感想を。

『2020年のロマンス詐欺』

コロナで大学の授業もなくなり、仕送りが減らされる為バイトをしようにも不採用

になり、八方塞がりだった大学生が、友人に唆されてロマンス詐欺に手を染めて

しまう話。一人の女性と頻繁にメールをやり取りするようになり、心をときめか

せるが、自分は彼女からお金を引き出さなければならない立場なのに、彼女からは

家庭内DVの告白をされて――という。

以前の感想にも書いた覚えがあるのだけれど、平凡で良識のある一大学生が、ほんの

出来心から犯罪に手を染めて行く過程がとてもリアルで、空恐ろしかったです。

ラスト、こういう展開になるの!?って感じでした。主人公が基本的にはとても

良い子なのはわかるけど、こういう経験をした二人が付き合うっていうのは、

ちょっと現実的にはあり得ない気がするなぁ。絶対親反対するでしょ。

 

『五年目の受験詐欺』

次男・大貴の中学受験の時、多佳子は教育コンサルタントのまさこ先生が開く、

受験生の親向けの『まさこ塾』に通っていた。大貴の成績が思うように上がらず

焦っていた多佳子は、まさこ先生から持ち込まれた100万円支払って特別に

事前受験できる制度を利用した。結果、大貴は見事に合格した。しかし、それから

数年が経ち、ある日多佳子は『まさこ塾』のあの制度が詐欺だったと知り――。

これは、受験生を持つ親だったら主人公に共感できるんじゃないかなぁ。うちの

姉のところの上の子も、今年高校受験したんですけど(大貴は中学受験なので

またちょっと違うかもですが)、姉も娘の受験前は相当ナーバスになってました

からね。普通に考えれば、100万なんて大金を支払えって時点でおかしいと

気づくべきだとは思うんですけどね。精神状態が普通じゃないと、藁にもすがる

思いになっちゃうんでしょうね。

詐欺だったことを打ち明けた時の夫と次男の反応が正反対で、人間の器の違いを

感じましたね。息子の方がよっぽど人間出来てるよ。優しい子で良かった。夫の

方は、将来的にDVとかしそうなタイプに感じちゃいました。100万は痛い勉強代

として諦めるしかないでしょうね。

 

『あの人のサロン詐欺』

紬は、大人気漫画の原作者の谷嵜レオの名を騙って、オンラインサロンを開催

している。最初はファンの集まりに過ぎなかったが、いつしか創作教室のような

体裁になって行った。もともと谷嵜の大ファンだった紬は、自分が谷嵜として

振る舞うことで、谷嵜と同化したような気持ちになっている。サロンのメンバー

たちも紬を慕ってくれている。その証拠に、嘘だとバレないまま10年が過ぎた。

しかし、ある日本物の谷嵜レオが犯罪を犯して逮捕されてしまい――。

人気漫画の原作者の逮捕、という設定が、少し前に起きた『アクタージュ』という

漫画原作者の逮捕の事件と重なりました。やった犯罪もそれに近いものだし(こちら

の方がまだ軽いものだけど)漫画家の逮捕だと、『るろうに剣心』の作者の事件とかも

ありましたね。『アクタージュ』はすごく好きな漫画だったので突然続きが読めなく

なったのは本当にショックだった。もしかしたら、辻村さんもそういう経験をもとに、

こういう作品を書いたのかな、と思ってしまった。制作者側の何らかの事情によって、

漫画やアニメの続きが観られなくなった、というようなね。夢を与えて来た側の

人間が、こういう事件によって読者を裏切る、というのはやっぱりショックが

大きいですよね。

それにしても、紬が、何の罪悪感もなく谷嵜になりすまして、親すら欺いている

ところにはドン引きしました。どうしてあんなに息を吸うように嘘が吐けるの

だろうか。全く、紬の言動は理解不能でした。まぁ、紬の詐欺を知った後の

谷嵜の言動も理解不能でしたけど。ラスト、ああいう形で助かったとしても、

何らかの後遺症は絶対残ってしまうでしょうね・・・。救いがあるようで、ない

とも云えるラストだなぁと思いました。

桂望実「残された人が編む物語」(祥伝社)

桂さん最新作(かな?まだ?)。桂さんは食指が動くものは読むのだけれど、ここ

最近は少しご無沙汰気味でした。本書は、ブロ友さんのところで高評価っぽかった

ので予約してありました。予約本ラッシュ中に回って来てしまって、一度今回は

スルーして返してしまおうかと思いかけたのだけど、とりあえずと冒頭の一作読んで

みたら、なかなか良かったので、そのまま読み通してしまいました。読みやすかった

しね。

本書は、亡くなった人の行動をさらって、残された人がその人に対して思いを

馳せる物語。特に、今回亡くなった人々は、みな、行方不明者協会の名簿で名前を

発見して死亡が確認されたケースばかりを取り上げています。そこで働く職員の

西山静香が全作に共通して登場します。依頼人は、長年連絡を取っていなかったり、

行方がわからなくなっていたりしていた人物を捜す為、行方不明者協会に依頼をし、

当該人物を捜し当ててもらいます。生きて捜し出せれば一番良いのでしょうが、

本書に出て来るケースは、みな当該人物が死亡しています。依頼人は、当該人物が

自分と会わない間にどんな生活をしていたのか、どうして死に至ってしまったのか

を少しでも知りたいと願い、西山と共にその人物のことを調べ始める――というのが

だいたいの流れ。疎遠になっていた弟、大学時代に一緒にヘビメタバンドをやって

いた仲間、十年前に突然失踪した夫、転職前の会社でお世話になった社長、幼い頃

に東京に行ったまま帰って来なかった母親・・・それぞれに、それぞれの物語が

あって、胸に響きました。依頼人は西山と共に亡くなった人のことを調べて、少し

づつその人のことがわかって行くのだけれど、結局その人はもういない訳で、本当

のその人がどんな風にどんな思いで亡くなったのかは推測するしかない。だから、

残された人が、結局のところは、その人が思うように亡くなった人の物語を構築

するしかない。と、いうわけで、こういうタイトルなんだな、というのがすとんと

腑に落ちました。

一話目の疎遠だった弟の話は、疎遠だった間にホームレスにまで落ちていた弟が、

姉が気まぐれであげた詩集をずっと大切に持っていたところにぐっと来ました。

気性が荒い弟に苦労させられたきた姉だったけど、弟自身もそういう自分をなんとか

抑えようと努力していたところもあったのかな、と思うと切なくなりました。

二話目のヘビメタバンド仲間の話は、大事な友達だった筈なのに、あの告白を受けて

向き合わずに逃げた主人公に腹が立ちました。同じ会社の同僚カップルのことを

悪く言う資格は、彼には一切ないと思いましたね。だって、全く同じことをして

たんだから。

三話目の、十年前に夫が失踪した妻の話だけは、失踪した夫の本性が見えて来て、

亡くなった人に対して嫌な気持ちになるお話でした。依頼人は、夫の本性を

知らないままの方が幸せだったのかもしれない。でも、それを知ったからこそ、

強い気持ちでこの先を生きていけるとも云える訳で。現実が見えて良かったん

じゃないかな。

四話目の、元の会社の女社長を捜す男の話は、亡くなった女社長がいい人過ぎて、

その最期がさみしくて胸が痛かったです。彼女の凋落が悲しかった。その死因も。

彼女を騙して逃げた元社員が許せなかったです。主人公は、彼女に借りた300万を

返すことは出来なかったけれど、そのお金を自分の懐に入れたままにするんじゃ

なくて、ちゃんと次の世代に繋げるような使い方をしたところが良かったです。

ラストの話は、行方不明者協会の西山静香のお話。彼女がこの仕事に就いたのは、

彼女自身の母親が子供の頃に失踪していたからだったのですね。彼女自身、大好き

だった母親の突然の失踪に心を痛めた一人だった。そして、この仕事に就いてから

ずっと母親を捜し続けて来た。その母親が、ついに遺体で見つかった身元不明者の

持ち物がきっかけで見つかることに。

静香にとって最悪の結末になってしまったけれど、母親が失踪した理由が明らかに

なり、静香に対する思いも推測できるようになって、やっと静香は母親の不在と

折り合いがつけるようになったんじゃないかな。そして、継母や兄弟ともこれからは

良い関係が築けるのではないかと思う。

静香にはこの仕事がすごく合っていると思うけれど、今後は違う道に進む可能性も

ありそうですね。それとも両立していくのか。どちらにしても、静香ならどちらの

仕事も責任を持って請け負うことができる人だと思うから、自分のやりたい方を

選べばいいと思う。

長く会っていなかった人が、亡くなっていたと知ったとしたら、自分もその人が

どんな生活をしてどんな思いで亡くなったのかは気になると思う。突然突きつけ

られたその人の死に戸惑うと思うし、受け入れられない気持ちになるとも思う。

静香の仕事が、亡くなった人の為ではなく、残された人の為、というのはとても

良くわかるな、と思いました。

神永学「心霊探偵八雲 青の呪い」(講談社文庫)

心霊探偵八雲シリーズ外伝。講談社文庫で出るって、かなり珍しいのでは?スピン

オフ的な作品だからかな。一応文庫書き下ろし作品らしい。

八雲が高校生の時に出会った、共感覚を持つ同級生の琢海が語り手となっています。

サウンドカラー共感覚という特殊な能力を持つ琢海は、交通事故で両親を失い、自身

も腕を骨折した時に病院で出会った、青い声の少女のことが忘れられなかった。

一年後、高校に入学した琢海は、偶然その青い声の少女と再会する。少女は美術部

の三年生だという。明るい彼女との再会に喜ぶ琢海だったが、ある日早朝の美術室で

顧問の先生が死体となって発見される。発見したのは琢海だった。しかも、琢海は、

死体を発見する直前に、青い声の先輩の姿を目にしていた。殺したのは彼女なのか

――。

なかなかの読み応えでしたねぇ。ちょっと中だるみした感もありましたけど。

先生殺害の犯人は、半分は予想通りだったけど、半分は盲点をつかれたって感じ

でした。琢海が結構優柔不断というか、ぐるぐる考えるタイプなので、ちょっと

イラッとさせられたところもありましたね。

事件の方は解決したけれど、妹のいじめ問題の方は何も解決しないままだったのが

ちょっともやもやしました。結局、逃げるみたいに転校することになってしまったし。

良かったところは、やっぱりラストの琢海と八雲の再会シーンかな。琢海とあの子

が一緒にいたのも嬉しかったし、八雲に歩み寄ろうとした琢海の行動も嬉しかった。

やっと八雲にも本当の意味で同年代の友達が出来たと云えるのかなぁ。この再会の

後も交流が続くと良いのだけれど。

共感覚を題材にした作品はいくつか読んだことがありますけれど、サウンドカラー

共感覚というものもあるのですね。こういう能力のものは読んだことがあったかな??

初めてのような。声が色で見えるなんて、面白いですね。まぁ、琢海にしてみれば

面白いなんてものじゃないんだろうけど。オーラが見える人みたいな感じなのかな?

私の声はどんな色に見えるんだろう~。琢海に見てもらってみたい。でも、嘘が

混じるとすぐにわかってしまうのはちょっと怖いかも。それで、琢海自身も辛い

思いもして来たんだろうな。時間はかかったけど、八雲という理解者が出来たことは

琢海にとっても心の支えになるんじゃないのかな。二人が普通の友達同士みたいに

付き合える日が来るといいなぁと思いました。