ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

下村敦史「そして誰かがいなくなる」(中央公論新社)

下村さん最新作。乱歩賞でデビューされた下村さんですが、意外にも初の本格

ミステリーだそう。確かに、雪で閉ざされた洋館に集められた男女が殺人事件に

巻き込まれるという、設定からしてこってこてのクローズドサークルミステリー。

本格を何より愛するワタクシとしては、設定だけでもう、よだれが出ちゃうくらい

好みでワクワクしながら読んでいたのでした。ぐふふ。出てくる登場人物には、

一切好感持てる人物がいなかったですけどね。これもまぁ、本格ミステリ

セオリーに則ってる感じなのかな、と(だいたい、人間が書けてないとか言われ

ちゃうやつ)。

作家生活20周年になる、人気作家・御津島磨朱季が、細部にまで拘って建てた

新築の館のお披露目会が開催されることになった。招待されたのは、新進気鋭の

作家や編集者、文芸評論家たち。会は和やかに進行したが、仕事があるといって

早々に家主の御津島が退出してしまった。残された招待客たちが、各々自由に

過ごしていると、突然、どこかから御津島の断末魔のような叫び声が聞こえた。

各自で御津島の姿を探すが、どこにも見つからない。一体、作家はどこへ消えて

しまったのか。御津島は、初対面の挨拶の際に招待客たちの前で、晩餐の席で、

ある作家のベストセラー小説が盗作であることを公表すると予告していた。

それぞれが不安な時間を過ごす中で、第二第三の事件が起きてゆく――。

二転三転する真相には翻弄されました。御津島消失の真相は、それなりによく

出来たロジックで証明されて行くのですが、普通の本格ミステリの範囲を

超えるほどの驚きはありませんでした。正直、拍子抜けの真相だったと言わざるを

得なかった。ただ、最後の最後で更なる作者の大仕掛けが判明します。特に、この館

自体の真相には驚かされたなぁ・・・。作中に、実際の館の室内の写真が何枚か

挿入されているんですよ。良くこんなぴったりの内装の館見つけて来たなー、

もしかしたら、実在する館ありきでこの作品が書かれたのかな、とか思ったりも

してたんですが。まさかの事実が明らかに。これにはびっくりした。作者の隠し玉

ってこれか!と思いましたね。

確かにね、御津島磨朱季って、読みにくいし変なペンネームつけたよなぁと思って

たんですよね。本当の読みは『おつしま』だけど、読みやすいように『みつしま』

にしてる、とか妙に細かい設定もあったし。最後に明かされる事実によって、

そういった細々した伏線が全部、腑に落ちました。

その最後に明かされる事実に関して、いろいろ感想書きたいことはあるんですけどね。

全部、ネタバレになっちゃうので、敢えて書かないようにします。しかし、一生に

一回しか絶対に使えないネタですよね、これ。全ミステリー作家が、一生に一度は実際

やってみたいんじゃない?いやー、この御津島御殿、実際観てみたいなぁ。隠し

部屋の仕掛けとか、めっちゃオーソドックスだったけど、ワクワクしちゃいました。

こういう館で、ミステリーイベントとかやったら楽しそうだなぁ。

本格ミステリがお好きな方には楽しめる一作じゃないかな・・・たぶん。

 

森見登美彦「シャーロック・ホームズの凱旋」(中央公論新社)

久々のモリミーの新刊。楽しみにしていたのだけど・・・な、長かった・・・^^;;

タイトルから推察できるように、世界に名だたる名探偵・シャーロック・ホームズ

を題材に取り上げた意欲作。ただし、舞台はヴィクトリア朝の京都。洛中洛外で

活躍するホームズの姿が・・・見られません^^;なぜなら、冒頭からホームズは

スランプに陥っていて、探偵活動を全くしないからです。モリミーが探偵小説!?

とびっくりしたところもあったのですが、作中でホームズはほとんど推理をして

いないので(スランプ中であるため)、あまり違和感なくお書きになれたのかなぁ

と思ったりしました(実際のところはよくわかりませんが)。終盤で少し、読者

に対する仕掛け的な要素は出て来ますが。ただ、どちらかというと、『熱帯』で

見られたような、メタ的な要素が強くて、ファンタジー小説と言った方が近いかな、

と思いました。

 

以下、ネタバレ気味の感想になっております。未読の方はご注意ください。

 

 

 

 

 

私個人、実はホームズの小説を読んだことがありません。某NHKのドラマを

ちょこっと観たことがあるくらいで。だから、ホームズの登場人物とか作品とか、

全然知らないんですよ。ホームズとワトソンがわかるくらい。あ、モリアーティ教授

の名前は知ってますけど、どういうキャラクターとかは知らないですし。だから、

作中でどれくらい、本家のキャラクターとか設定が反映されているのか、とかは

全然わからなかったです。知ってた方が、当然楽しめるんだろうなぁとは思いまし

たね。ワトソンの妻メアリさんとか、ホームズとワトソンが住んでいる下宿屋の

主人・ハドソン夫人とかは、本家にも登場するのかな?

正直言うと、あのホームズたちが京都にいるって設定自体が、違和感がありすぎて

なんだか世界観に入っていけなかったんですよね・・・。ホームズ=ロンドンの

ベーカー街っていうイメージが強すぎて。舞台が京都以外はほぼ本家の設定が

生かされてる感じなので、なんで京都にする必要があるんだろう?と思って

しまって。そこに必然性が感じられなくて。ただ、そう思って読み進めて行ったら、

途中で驚きの場面展開が待ち受けていて、ああ、だから京都だったのか、と一時は

納得出来たんです・・・が。その後、更に場面が展開して、終盤でまたわからない

状態に戻って来てしまい、結局そのまま終わってしまいました。結局、パラレル

ワールドの世界ってことで納得するしかないのかなぁ。ロンドンの方を幻想という

結末にしてしまったのが、個人的には納得出来なかった。こちら(京都)の世界が

幻想的な扱いだったら、すとん、といろんなことが腑に落ちたと思うのに。

あと、ホームズがずっとスランプ状態のせいで、情けない姿しかほとんど出て

来ないのが、ちょっと受け入れ難かったな。アイリーン・アドラー嬢との争いで、

スランプのくせに依頼をたくさん受けまくった挙げ句、結局ひとつも解決出来ず、

最後には敵であるアイリーンに全部解決させるし。勝算があって依頼をたくさん

受けたのかと期待したのに。何ソレ、とずっこけましたよ・・・。

終盤のホームズとワトソンの友情の部分はぐっと来たところもあったけど。

マスグレーヴ邸の<東の東の間>の謎も、めちゃくちゃ引っ張った割に、結局

なんだかよくわからないままだったし。異世界空間と繋がってたってこと?だから

そこに入った人間は年を取らずに何年も眠った状態でいられる?なぜ、そこに

入れるのは一人なのか。誰かを身代わりにしないとそこから出られないのはなぜ

なのか。もう、何もかもがよくわからなかった・・・。

ホームズのような探偵推理ものと、モリミーのような幻想的な作風の作品とを合体

させる意味がよくわからなかったです。

アマゾンの他の方の感想は概ね絶賛でしたが・・・。残念ながら、私には合わなかった

と言わざるを得ません。読んでも読んでも終わらなくて、少し読んだら眠気が襲って

来てしまって、ほんと苦戦しました・・・。京都が舞台なのに、出て来る登場人物

の名前がカタカナだから、誰が誰だかなかなか覚えらんないし(アホなだけ)。

せめてミステリ的な面白さとか、謎が明らかになる気持ち良さとかがあったら

違ってたかもしれないですけど・・・。

うーむ。久しぶりのモリミーで期待してたんですけどね。私としては、ちょっと

残念な読書になってしまいました。

 

 

 

青崎有吾「地雷グリコ」(角川書店)

ゆきあやさんに教えて頂いた、青崎さんの新作。今年のランキングを賑わせそうな

出来とのことで、これはもう、読むしかないでしょ!と即行で予約。ラッキーな

ことに、予約なしで回って来て早めに読むことが出来ました。

いやー・・・、これは・・・めっちゃ面白かったです!確かに、この出来なら

今年の年末ランキング賑わせそうかも。

設定自体は、正直、ツッコミ所満載どころか、ツッコミ所しかないってくらい

なんですけども、あくまでもフィクションで、エンタメとして読むなら、もう

最高に楽しめる作品だと思うなぁ。

なぜか勝負事にめっぽう強い、女子高生の伊守矢真兎が主人公。彼女の元には、

様々な理由で風変わりな勝負への挑戦状が持ち込まれる。地雷が仕掛けられている

じゃんけんグリコ、百人一首のカードを用いた神経衰弱、自分で一つ型を追加して

行うじゃんけん、十文字以上をかけて行われる変形だるまさんがころんだ(かぞえ

た)、四つの部屋にカードを取りに行かなければならない変則ポーカー・・・

どれもが先読み必須の一筋縄では勝てない勝負ばかりだが、真兎はこの究極の

頭脳ゲームに打ち勝てるのか――。

青崎さん、よくこんな面白いゲームを次から次へと考えつけるなぁ、と一作読む

度に感心。扱われるゲームは、人生で誰もが一度はやったことがあるものばかり

ではないでしょうか。ただ、そこに風変わりなルールが追加される為、ルール自体

を理解するのが少し大変だったりもしましたが。その追加ルールや冒頭で提示

される基本的な決まり事が重要なポイント。そこが勝利の鍵になっているところが

どれも絶妙に上手いなぁと思いました。それ反則じゃないの!?って思うことでも、

前に戻って確認すれば、前提として成立するように説明されている。真兎も、そこを

ちゃんと押さえてゲームの進めているのがわかって、ただただすごいとしか言いようが

なかった。

ヒロインの真兎のキャラクターが抜群にいい。一見、だらしなくてぼーっとした平凡な

女子高生なのに、いざゲームを始めると、一転、とんでもない頭脳と先を読む

能力で、難攻不落と思えた相手を次々と打ち負かして行く。どんだけ先の先まで

相手の動きを読んでるんだよ!と恐ろしくなったほど。将棋の勝負みたいに、相手の

先の先の先の先くらいまで読み通してる感じ。ほんとに高校生(しかも一年)かよ!

と思いました(笑)。

勝つ方法も、その時々で大胆不敵だし。えぇ、そんな手があったのかーー!!と

びっくりさせられるものばかりだった。特に、だるまさんがかぞえたの第三セット

には意表をつかれたなぁ。度肝を抜かれた、とはこのことだと思いました。

毎回、本人は、そこまでゲームとか勝負事に執着がある訳ではなく、ただ、相手から

挑戦されたから仕方なく受けて立ってる感じなのに。ただし、最終話のゲーム

だけは、ある理由があって、自分から敢えて勝負に挑むのですけれど。この、

ラスト一作によって、真兎に対するイメージはガラッと変わるんじゃないかな。

この鮮やかな印象の変化に、すっかりすべてを持っていかれてしまった。いや、

読んでる途中から、なんとなく、彼女が要求していることの想像はついたの

ですけどね。この一作があることで、この作品自体の青春度がぐっと上がって、

とても素敵な青春小説を読んだ、という後味になっているところが素晴らしいと

思いました。さすがに、星越高校のSチップの設定はありえないでしょう、とは

ツッコミたくなりましたけどね・・・。一枚10万円の価値のあるものを、全生徒

奨学金と称して配るとか、意味不明だし(まぁ、そのまま換金できる訳では

なく、いろいろ設定はあるのだけど)。そもそも、絵空みたいな方法で推薦

試験をアピールした子を合格させるって時点で、星越高校のヤバさがわかるって

ものなんですが(普通ならこんなアピールされたら、即座に落とすと思うけど)。

一芸に秀でているとか、そういう問題じゃないと思うけどなぁ・・・(倫理観的に

見て)。最後のポーカーでのあの行為にも怖気が走りましたし。勝つ為には

犯罪行為も辞さないってスタンスが怖すぎて。ただまぁ、そんなサイコパスな子

と対等にやり合う真兎はかっこ良かったですけどね。

脇役もそれぞれにキャラが立っていて良かったです。語り手で真兎の友人、鉱田

ちゃん(平凡そうなこの子が、案外一番重要なキーキャラクターだったりする)、

生徒会副会長にして、いつでも冷静沈着なスクエアメガネ男子・椚先輩、自由な

服装をしたいという、自分本位な欲求を満たす為だけに生徒会長になった佐分利

会長(女子)、ゲームの考案や、いかなる時でも中立公平な立場でのジャッジ等、

ゲームに対する対応能力抜群のラクロス男子・塗部くん、などなど。

なんか、漫画原作でもいいようなキャラの子ばっかりでしたね。対戦相手も

個性的なキャラ揃いでしたし。漫画化したら面白そうだ。

ちなみに、鉱田ちゃんの下の名前って何なんだろう。彼女だけ下の名前が最後まで

出て来なかったような(読み落とし?)。

あと、結局、真兎の一番大事なものって・・・?なんとなく想像するものは

あるけど、はっきり言葉にして出て来なかったので。

エピローグで、さらなるゲームへの布石が仄めかされているので、これはぜひ、

この後に続く続編を書いて頂きたいところですね。

とっても面白かったです。読めて良かった。

紹介して下さったゆきあやさんに多大なる感謝を。

 

 

 

 

「推理の時間です」(講談社)

雑誌メフィストの有料会員向けに行われたオンラインイベントが発端となり、

メフィスト誌上に掲載された読者参加型の謎解き企画を一冊にまとめたもの。

面白いのは、寄稿された作家さんご自身も、他の作家さんの問題編を読んで

推理し、解答しなければいけないところ(全部の作品ではないけれど)。プロの

作家さんの解答部分を読むのも楽しかった。全く見当ハズレの推理をしている

方もいれば、概ね当ててしまう強者もいたり。さすが、読み取り方がプロは

違うな~と思えるご解答ばかりでしたけれどね(当たっていても、いなくても)。

まずは、六作品、すべての問題編が提示され、その後にすべての解答編が収録されて

います。一作ごとに解答編を読むのもよし、すべての問題を先に読んでから解答編を

読むのもよし。読み方はそれぞれだろうなと思いました。私個人としては、収録通り、

すべての問題編を読んでから、一気に解答編を読みました。え、推理出来たものは

あったのかって?

・・・あるわけないでしょ(笑)。ミステリー小説が大好きな人間ですけど、

推理なんか出来た試しはないんですから(開き直るなよ^^;)。躊躇なくさっさと

解答編のページをめくったのでした。

一作だけ、犯人当てられた!と思ったものがあったのですが、そう思ったのも

束の間、その先があって、結局二択でハズレてしまいました。やっぱり、プロの

作家さんの挑戦状をそう簡単に見破れるはずがなかったのでした(苦笑)。

問題編は、『フーダニット(誰が)』『ホワイダニット(なぜ?)』『ハウダニット

(どうやって?)』の三部門に分かれていて、寄稿した作家さんご自身もおっしゃっ

ていたけれど、ホワイダニットの問題編を考えるのはなかなか大変そう、と思い

ました。でも、解答編が一番わかりやすかったのは、そのハウダニットの中の

我孫子さんの一作だったな。ただし、わかりやすかっただけに、他の作家さんから

も結構当てられてしまっていたけれど。私はまったくわからなかったけどね!(

だから開き直るなって^^;)。

後半の三作は歴史が絡んだミステリーだから、歴史物が苦手な私にはちょっと

読むだけでも骨が折れるところがありました。説明部分が長くて、読んでると

すぐに睡魔が襲って来てしまって^^;そんな状態だから、当然ながら推理なんて

できるはずもなく。

ただ、久しぶりに田中啓文氏のミステリーが読めたのは嬉しかったなぁ。編集

担当であり寄稿者の一人でもある法月(綸太郎)さんもおっしゃっていたけれど、

どうか、永見緋太郎シリーズの新作を出して欲しいっ!素晴らしいジャズミステリ

で、大好きで、ずっと続編出ないのかなーと思っている作品なので。近年はホラー

寄りの作品が多くなってしまったイメージがあって、ミステリを書かれていない

ように思うのですが、そんなことないのかな。

法月さんの作品は、一部読者に開示していない設定があって、動機の面から推理

するのは無理に思えて、若干アンフェアに感じたのですけどね。まぁ、フーダニット

がテーマだからいいのかもしれないですけども。

方丈貴恵さんは初めて読みましたが、館ものの王道ってことで、一番好みの作風

だったかも。先述した、二択で犯人間違えた作品はコレ。犯人に関しては、完全に

スリードされてましたね~。まさかの身体的設定が・・・。

我孫子武丸さんのは、こちらも先述した通り、一番謎解き部分読んでわかりやすい

解答編だった。コロナ禍でマスク生活の設定が効いているなぁと思いました。

田中啓文さんのは、ペリー来航を絡めたミステリー。被害者の職業と、被害者が

赤い髪を掴んで死んでいたところがポイントでした。

北山猛邦さんのは、ナチス・ドイツの秘密兵器・列車砲を用いた殺人事件。犯人が

犯行時に隠れていた場所には唖然。これは、列車砲というもの自体を理解して

いないと、なかなか解けないんじゃないのかなぁ。いや、図解はあるし、本文に

ちゃんと説明書きもあるから、単なる言い訳なんですけどね・・・。

伊吹亜門さんも初めましての作家さん。こちらも軍事もので、満州に派遣された

日本帝国陸軍内での消失事件がテーマ。細かい室内の伏線を読み解かないとダメ

ですね。わからんがな^^;

 

まぁ、推理はひとつもまともに出来なかったですけど(本当にミステリファンなの

か)、こういう読者への挑戦ミステリーは大好物!めちゃくちゃ楽しかったです。

歴史ものが多くて、ちょっと問題文に苦戦したところは御愛嬌(アホですみません

^^;)。

ミステリ好きな方、ぜひ、チャレンジしてみてください~。

第二弾もぜひ、お願いします!

 

 

「禁断の罠」(文春文庫)

『禁断の罠』をテーマにしたアンソロジー。米澤さん、有栖川さん目当てで借り

ましたが、どれもなかなか面白かったですね。気になりつつも未読の作家さんの

作品も読めたので、収穫はあったかな。

誰かを罠にかける(かけられる)のがテーマなだけに、後味悪いものが多かった

かな。

 

では、各作品の感想を。

新川帆立『ヤツデの一家』

三代続く政治家の家系に生まれ、兄と妹を押しのけて父親の地盤を引き継いだ真実。

父の後妻の連れ子である渉とは体の関係にある。渉は、真実が不細工でも、金と

権力目当てにすり寄って来る。ある日渉が美しい妹の優芽とも付き合っていること

を知って逆上した真実は、別荘で渉を手にかけて殺してしまう。しかし、改めて

別荘に行くと、なぜか生きた渉がそこにいて――。

屈折した真実の性格が災いを呼ぶことに。ラストで妹から告げられる渉に関する

ある事実が皮肉でした。優芽の性格は想像した通りだったな。

 

結城真一郎『大代行時代』

社会人8年目の銀行員の私に、今年は一般職の内海さんと総合職の猪俣くんという

二人の後輩が出来た。内海さんは気の利く愛想の良い期待の新人だが、猪俣くんは、

言われたことしかやらず、覇気のないZ世代代表みたいな新人だった。しかし、ある日

突然内海さんが辞めてしまう。その後、駅で偶然内海さんと再会した私は、猪俣

くんに関する意外な事実を告げられて――。

何でも代行すればいいってものじゃないとは思いますが・・・内海さんや猪俣くん

の気持ちもわからなくはないです。でも、それでも自分に鞭打ってでも、そこは

自分でやらなきゃダメなことですよねぇ。それを乗り越えることで、人は成長する

のだと思うけどもね。こういう考えがパワハラに繋がるのかしらん。主人公の

友人がああいう形で絡んで来るとは思わなかったです。結城さんの作品読んで

みたかったから、読めて嬉しかった。予約多くてなかなか読めないんだよね。

 

斜線堂有紀『妻貝朋希を誰も知らない』

大手ファミレスチェーンのファミリーエコス内で撮られた迷惑動画が世間を揺るがせて

いる。記者の磯俣と切谷は、動画に映っている妻貝朋希とその関係者に取材を

試みると、意外な事実が判明して行く――。

始めは妻貝をとんでもないクズ野郎としか見ていなかったのですが・・・彼を

知る人々の話を聞いて行くうちに、妻貝という人間の本質が少しづつわかって行き、

最後に動画の真実が明らかになって、やりきれない気持ちになりました。切谷たち

によって、真実が明るみに出るといいのですが・・・。本当の悪人に罰を与えなきゃ

ダメですよね。斜線堂さんの作品とは相性が悪いことが多いのだけど、これは

なかなか良かったです。

 

米澤穂信『供米』

詩人小此木春雪の遺稿集が世に出た。春雪と友人関係にあった私は、遺稿集が

出る前に春雪の妻・加代子さんと会って、春雪の遺稿のことを聞いていた。その時、

加代子さんは生前の春雪本人から、遺稿は未完成ゆえ、余人に見せないようにという

遺言を言付かっていると聞いていた。加代子さんはなぜ、遺言に反するようなことを

したのか――。

妻が亡き詩人の遺言を破ってまで、遺稿集を出したのはなぜなのか。その真実を

知って、胸を打たれました。世間から叩かれようが、彼女には関係なかったの

ですね。彼女の思惑を知れば、空の上の詩人も許してくれるでしょう。

 

中山七里『ハングマンー雛鵜ー』

大学生の比米倉は、裏で元刑事の鳥海が率いる復讐代行業屋で働いている。ある日、

大学で後輩の久水から、割の良いバイトを紹介して欲しいと頼まれる。その後、

南青山で高級腕時計屋を三人組の男が強盗に入り、そこから逃走する様子がテレビ

で放送された。その映像を観た比米倉は、そのうちの一人の男の特徴的な走り方に

見覚えがあることに気づく。久水は金に困っていた――。翌日、三人組のうち二人は

捕まったが、一人は逃走したままだった。警察に捕まる前に久水を捜し出そうと

した比米倉だったが、願いも虚しく久水が死体で発見されてしまう。なぜ久水は

こんなことに巻き込まれてしまったのか。

シリーズものの続きみたいなので、これ単独だと背景がわかりづらい。ちょっと

不親切かな、と思いましたが、本編も読んでみたくなりましたね。結城さんの

作品と代行業被りしてるのがちょっと勿体ないかな(まぁ、代行の種類は全然

違いますけど^^;)。迷惑動画ネタも斜線堂さんのとちょっと被ってますしね。

中山さんは世間の評価が高いので気にはなってたんですが、このミス系だしなぁ

と手に取るのを躊躇してた作家さん。これを機に読んでみようかしらん。

 

有栖川有栖『ミステリ作家とその弟子』

逗子にいるミステリ作家の刑部を訪問した編集者の西川。約束は二時過ぎのはず

だったが、刑部の都合で三時を過ぎてしまうらしい。その時間、刑部は住み込みの

弟子の青年に文学レクチャーをするらしい。西川は、待っている間、向かいの部屋で

行われるその文学レクチャーを聞くとはなしに聞いてしまう。刑部には、編集者に

レクチャーを敢えて聞かせる思惑があった――。

刑部による、昔話に関する文学レクチャーは興味深かったです。青柳碧人さんの

例のシリーズを思い出しましたけど(笑)。弟子の目的は、まぁソレだろうなぁ

と思っていたので、その通りの結末になりましたね。

 

 

恩田陸「夜明けの花園 Dreaming Garden」(講談社)

恩田さん新作は、待望の理瀬シリーズ!アンソロジーではちょこちょこお目見え

してましたが、こうして一作にまとまると嬉しいですね~。やっぱり、この不穏で

耽美で不条理な世界観がたまらない。あともう、装丁がヤバいくらい神がかってる

(表現バグっててすみません^^;素晴らしいって意味ですw)。文庫より

大きくて、普通の単行本よりも小ぶりな、ちょっと変形サイズの単行本。スピンオフ

だから、本編とは少し違った形にしたかったのかな~と思いました。表紙も中の

イラストも美しい。手元に置いておきたい!

いやー、堪能しました。二作目までは先述した通り、アンソロジーで既読でした

ので、だいたい内容も覚えていました。

とはいえ!アンソロジーで読んだ時も、読んだの昔すぎて全然登場人物を覚えて

いなくて困ったのですけれど、今回も、さにあらず。なんとなく、名前だけは

記憶にあるのがヨハンと憂理くらい。黎二もうっすらと。あとは、麗子って誰

だっけ?聖って?って感じ。もう、全然記憶にも引っかからなかった^^;

大好きなシリーズなんだけど、雰囲気だけで読んでるところあるからなー(おい)。

理瀬の複雑な生い立ちとか、もう一度最初から読み直さないと駄目ですね。まぁ、

今回はスピンオフ的な作品ばかりで(理瀬も出ては来ますけど)、単独でも十分

楽しめる作品なので、この独特の雰囲気が味わえたから十分満足。一話目の

『水晶の夜、翡翠の朝』なんかは、ミステリとしても素晴らしい出来ですしね。

しかし、理瀬の一族、不要な人間をあっさり殺しすぎて、怖すぎる・・・。親族

同士で殺し合うのが日常って、どうなのよ^^;

でもでも、いいんですっ。これがこのシリーズの醍醐味ですもの。このゴシックな

雰囲気最高。理瀬は相変わらずクールビューティでかっこいいですし。もうちょっと、

理瀬が活躍するお話が読みたかったとは思いますけどもね。

できれば、シリーズの人間関係相関図とか巻末でもいいから入れて欲しいなぁ。

あと、時系列とかも。って、自分で再読しておさらいしろって話ですよね(すみ

ません)。

これから読む人(いるのかなぁ)には、何が何やらって感じでしょうけどね^^;

シリーズファンなら間違いなく楽しめると思います。ヤバい人たちがいっぱい

出て来ます(笑)。

個人的には、恩田作品は文章読んでるだけで満足できちゃう盲目的ファンの為、

どんな作品でも受け入れる用意があるんですが、このシリーズに関してはもはや

偏愛に近いので、客観的に判断出来ないところがなきにしもあらず。耽美とか

ゴシック風の作品が好きな方なら間違いなくハマるシリーズじゃないかな(各

作品のタイトルまでもが美しいのよ!)。

次は理瀬主体の本編をお願いします!

 

 

北村薫「中野のお父さんと五つの謎」(文藝春秋)

中野のお父さんシリーズ第4弾。今回も、文芸雑誌編集者の美希が、仕事先で

出会った本にまつわる数々の謎を、中野にいる元国語教師のお父さんに解決して

もらいます。五作が収録されています。

北村さんらしく、文芸と落語が絡んだお話が多かったですね。一話目は、夏目漱石

にまつわる謎。漱石が<アイ・ラブ・ユー>を『月がきれいですね』と訳した

という逸話は有名だが、それは本当に根拠のあることなのか?二話目は、松本

清張の『点と線』にまつわるもの。列車の時刻表を使ったトリックものだが、

飛行機について警察が考えないのはおかしい。そのことについて当時清張と対談した

誰かが、『手おくれ』と言っていたらしい。その人物とは誰なのか。三話目は、

池波正太郎が書いた落語『白波看板』を圓生が演じた際の謎。なぜか作中でベニヤ

板という文言が出て来る。その当時にはなかったはずのものをなぜ出したのか。

四話目は、久保田万太郎の文章の中に出て来る 「十二煙草入」の謎。落語で

小せんはそれを「折った」と表現している。煙草入を折るとはどういうことなのか。

五話目は、芥川の『羅生門』が漱石の本にあやかって作られた箇所があるという。

一目瞭然のその箇所とはどこなのか。

作家や文芸誌の編集者がこぞって考えても応えの出なかった五つの謎を、話を

聞いただけで鮮やかにあっさり解決してしまう美希のお父さん。相変わらず、

博識で慧眼なところに唸らされました。お父さんが、本にまつわる謎で答え

られないものはないんじゃないかって思ってしまう。しかも、ジャンルは本

だけではないし。落語にも造形が深い。まぁ、それは北村さんご自身が反映

されてるからなのでしょうけど。

有名な漱石が<アイ・ラブ・ユー>を「月がきれいですね」と訳したという

逸話に関する真実には驚かされました。曲がり曲がってそういう逸話に昇華

しちゃったんですかねぇ。某宮家のお嬢様を思い出しましたけど。お相手が漱石

にちなんでその発言したかはわかりませんけども(多分違うよね^^;)。

落語が絡んだお話は、門外漢の自分には少し理解しにくかったですね。ただ、

十二煙草入れの謎に関しては、さらっと真実を言い当てたお父さんに感服。

なるほど、そういうものだったのかーーー!!って感じ。最後に、イラストで

解説があったので、わかりやすかったですし。北村さん、よくこんなこと知って

いたなぁ・・・(すごっ)。

『点と線』に関しては、今回出て来た作品の中で唯一読んでいた作品ですが、

当時は時刻表トリックを追うだけで精一杯で、飛行機のことなんて考えたっけ

なぁ、って感じでした。何せ読んだのは高校生の時でしたからねぇ。当時は

ミステリというジャンルにもそれほどピンと来てませんでしたしね^^;でも、

今読んだら、間違いなく、飛行機で行けるかどうかをまず考えるでしょうね。

作中に出て来た、イラストレーターの和田誠さん(故人)に対する、奥さんの

平野レミさんの言葉がとっても素敵だったな。レミさん、本当に和田さんのことが

大好きだったのですよね。今でもちょくちょくお話に登場しますものね。どの

エピソードも、亡き夫への愛が溢れていて好きです。レミさんのハチャメチャな

料理(でもなぜか絶品)も大好きですけれどね。和田さんが描いた『点と線』の

イラストも、見てみたくなりましたね。

新人編集者の李花ちゃんがいい味出してましたね。素直で勉強熱心で、とっても

良い子。美希とも気が合っている様子なので、今後も良いコンビになりそうです。