ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

貫井徳郎「罪と祈り」(実業之日本社)

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貫井さんの最新長編。誰からも慕われていた元警察官の濱仲辰司が隅田川の橋脚で

死体となって発見された。当初は事故と思われたが、遺体の頭部には殴られた痕が

あり、殺人事件の可能性が高いと見做された。息子である濵仲亮輔は、真面目で実直な

父親が誰かに恨まれていたのかもしれないことに驚き、その死の裏にある父親の

過去を調べ始める。一方、事件を担当する警察の中には、幼い頃からの亮輔の親友、

賢剛が含まれていた。賢剛の父親智士は、賢剛や亮輔が子供の頃に隅田川に落ちて

自殺して亡くなった。亮輔と賢剛の父、辰司と智士は、親友同士だった。亮輔は、

父親の死は、同じ隅田川で亡くなった賢剛の父親の自殺と関わりがあるのでは

ないかと疑い始める。すると、辰司は智士の自殺の直前に起きた、ある未解決の

誘拐事件の記事をスクラップしていたことがわかった。昭和天皇崩御の直後に

起こったこの誘拐事件は、二人の父親の死とどう関わっているのか――。

作品は、現代の亮輔と賢剛、時代を遡って辰司と智士、二つのパートが交互に

挟まる形で進んで行きます。バブル時代の辰司と智士のパートは、当時の時代を

象徴するような出来事や事件などがリアルに描かれ、昭和を知っている世代の

人間としては、懐かしい気持ちで読み進めました。読ませる筆力は相変わらず

素晴らしいです。少しづつ明かされて行く辰司と智士の過去と、彼らが犯した

罪の内容に、読み進めて行くに連れて気持ちが重くなって行きました。

どうして、良心を持った彼らがあんなことをしでかしてしまったのか。正直、

その根本となる動機に関して、私には全く納得が行かなかったです。だから、

彼らに同情の気持ちも抱けなかったし、その結果が最悪の事態を招いてしまった

ことは、自業自得としか言いようがないとも思えました。一番被害に遭うべき

ではない存在が、被害に遭ってしまったことが許せなかったです。それを一番

許せないと思っているのが当人たちだということもわかるけれど。

でも、私が一番理解出来なかったのは、そもそもその罪を犯そうと彼らが考えるに

至る原因となった、赤ん坊の衰弱死事件について。その死の責任が、誰一人として

母親にあると考えないのが釈然としなくて。不動産会社に唆されて、住んでいた

土地を売って、別の土地に移ってノイローゼになった挙げ句、食事を与えず

赤ん坊が死んだ。確かに不動産会社がきっかけにはなっているけれども、直接

赤ちゃんにミルクをあげずに死に追いやったのは母親でしょう。どんなに精神が

病んでいたって、母親が食事を与えなければ子供は死んでしまう。いくら母親が

知り合いだからって、そこの責任を無視して、地上げをした不動産屋や時代の

せいにして、犯罪を犯すっていうのが、私には全く理解出来なかったです。

完全に逆恨みじゃないのか。本人たちは正当な主張だと思っていたのかもしれ

ないですけど。そんな犯罪犯したところで、何が変わるはずもないのに。

全く、愚かだとしか言いようがない犯罪で、同情すべき点も全くないな、と

呆れました。もちろん、一番後悔したのは当人たちだということもわかるの

だけれど。短絡的な犯行が、最悪の事態を招いてしまった。中途半端に

良心も常識もある人達が計画した犯罪だから、最悪の結果になって、心に

深く傷を負うことにもなってしまった。お金を得たからといって、一番大事な

人間としての矜持を失ってしまった。皮肉な結末だなと思いました。

辰司を殺した犯人は意外でした。殺した動機が勘違いだったのが何とも

やりきれなかったけれども。最後まで、救われない事件だなと暗澹たる気持ちに

なりました。

亮輔が、父親の罪を愚かだと認識していることが唯一の救いかもしれない。

賢剛が言うように、亮輔が刑事になったほうが合っていたんじゃない

のかなぁ・・・。賢剛は、多分刑事としては優しすぎるのかもしれないですね。

犯罪者の側に気持ちが引きずられてしまうのは刑事としては致命的なのでは。

読ませる力はさすがなんですが・・・個人的には、あまり好きな作品とは

言えなかったな。読後は、何か謂れのないもやもや感でいっぱいでした。

亮輔と賢剛はちゃんと親友として再会出来るのだろうか。わだかまりなく

今まで通りにはなれないだろうな・・・。