綾瀬さん最新作。なぜか、いわくありげな人々が次々と住み続ける、不思議な家を
めぐる連作短編集。
家族を捨てて逃げて来た不倫のカップル、人を殺して逃亡者となった男とその
元同級生、新興宗教の元教祖の老女、政略結婚から逃げ出した姉と交際相手から
逃げたい妹、単身赴任にかこつけて育児から逃げた男――いろんなものから
逃げて来た人々が、かりそめの日々を過ごす古びた一軒家。言ってみれば、この
家自体がこの作品の主役と言っていいかもしれませんね。何かから逃げた人
ばかりを選んで住まわせる家。家自らが、そういう人々を呼んでいるかのように
思えました。家に意思があるというか。現に、オーナーは何度もこの家を取り
壊して建て直そうとしているのに、その度に住みたいと希望する人が現れるの
だという。取り壊されるのを阻止しようとして、家が住民を呼び込んで
いるようにしか思えないじゃないですか。なんか、ちょっとホラーですね^^;
三津田信三さんの『家』シリーズみたい。
なぜか長く住むことなく、それぞれこの家を出て行くことになる訳ですけども、
どの人物もこの家に住んだことで見えて来たものもある。ちゃんと、この家で
過ごした意味があるのだと思う。どのお話も、決して明るい結末ではないけれど
(中にはこの家で亡くなった人もいるし)。
時系列がバラバラなので、若干混乱したところはあるのだけど、作者はわざと
時系列を変えて掲載しているのだと思います。時系列を変えることで、ちょっと
したミスリードをさせていたりとか。巧い構成だな、と感心させられました。
年齢性別ばらばらの主人公たちですが、屋根裏に置かれたダンボールの中に自分の
物をひとつづつ入れて行くことによって、この家で過ごした仲間であるかのような、
奇妙な共通意識が芽生えて行く。この辺りの小道具の使い方も巧いですよね。
様々な人物がさまざまな思惑を持ってこの家で暮らし、出て行く。後に残るのは
古びた一軒家と、住人たちが残して行ったダンボールの中の残留物のみ。
最終話で、大家さんが育児から逃げた男性に語った言葉が強く心に残りました。
逃げたことを恥じる男性に、大家さんは『ちゃんと逃げて生き延びた自分を、褒め
なよ』と諭します。逃げることは何も恥ずかしいことじゃない、と。この大家さん、
それまではおしゃべりでおせっかいで何も考えてないような人なのかな、と思って
たんですが(←失礼)、こんないいこと言える人だったんだなぁと、印象を改め
させられました。
逃げて、自分と向き合う時間が必要な人だってたくさんいるんですよね。この家は、
そういう人たちの為に存在しているのかな、と思いました。
綾瀬さんはやっぱり上手い作家さんだなぁ。