ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

一木けい「全部ゆるせたらいいのに」(新潮社)

f:id:belarbre820:20201005190353j:plain

『1ミリの後悔もない、はずがない』から結構気になっている作家さん。新刊が

出たので借りてみました。

今回は、アルコール依存症がテーマ。主人公の千映は、アルコール中毒の父親に

小さい頃から酷い目に遭わされて来ている為、夫が毎晩飲んで帰って来ることに

腹を立てている。しかも、夫は飲みに行くことを一言も伝えずに行く。何度

約束してもメールの一行さえ送って来ない。そして、記憶をなくすくらいべろべろ

に酔って、深夜に帰宅する。家には、幼い赤ん坊の恵もいるというのに。何度も

酒で失敗を繰り返す夫は、アルコール依存症ではないのか。父親に対する無数の苦い

思い出から危機感を覚えた千映は、夫の行動からアルコール依存症テスト(KAST)

を試みるのだが――。

なかなかに重い話でしたね。一話目では、千映の夫・宇太郎の言動にイライラムカムカ

しっぱなし。私も何度か相方が飲みに行って、メールもせずに遅く帰って来た時に

激怒した覚えがありますけど、あれは本当に腹が立ちます。別に飲み会自体は付き合い

だから仕方ないと思うけど、遅くなるならなるでメールくらいしろよ!って思い

ますもん。どっかで野垂れ死んでるんじゃないかと心配になるし。最近はコロナで

飲み会自体が全くなくなってしまっているので、そういう思いもしないで済んで

いますが(苦笑)。

でも、宇太郎は宇太郎でいろいろストレス抱えて大変ってこともその後でわかって

来るので、怒りの矛先は次第に千映の父親に移って行きました。この父親の言動は、

宇太郎よりも遥かに酷い。宇太郎はアルコール依存症予備軍くらいだけど、父親の

方は完全に依存症ですからね。こうなるともう、周りどころか自分でもどうにも

ならない。完全に病気。父親は本当は千映を可愛がりたいのに、千映のちょっと

した言動が気に障って、暴言を吐いたり暴力を振るったりしてしまう。そうした

DVのシーンを読むのは非常に辛かったし、しんどかったです。千映を育てる為に

やりたくもない仕事に就く羽目になったことから、父親の歯車が少しづつ狂って

しまう。仕事のストレスを酒で紛らわそうとして、どんどん深みにはまって、

挙げ句アルコールだけが心の拠り所になってしまった。

その過程や父親の内面も描かれているだけに、アルコール以外に心の拠り所が

持てたら、親子の人生は全く違っていたものになったのじゃないだろうかと思えて、

やりきれなかった。子供に暴力振るうような人間は、人として失格だとは思うの

だけど、根底に、娘に対する愛情が垣間見えていたから。本当は娘に優しい言葉を

かけてあげたいと思っているのに、アルコールですべてが吹き飛んでしまう。

あんなに酷い仕打ちをされているのに、千映はよく我慢してきたな、と思います。

私だったらとてもじゃないけど、耐えられないです。でも、宇太郎は千映の父が

アル中で、彼女が苦労してきたことを知っているのに、あんな風に酒に溺れる

ようなことをしちゃダメでしょう。そりゃ、千映も許せませんよ。そこが、人間の

弱さなのかもしれませんけど。

私の親戚にもアル中で家族に酷い仕打ちをしてきた人がいるので、千映の苦労は

よくわかります。それでも、家族は見捨てられないんですよね・・・。縁を

切ってしまうのは簡単なのに。タイトルのように、全部許せたら楽になるかも

しれないけれど、そんなに簡単なものでもないわけで。家族としての愛情よりも、

憎しみが勝ってしまう。どれだけ訴えても、父親はお酒を止めることはないし、

暴力をふるい続ける。千映の父親に対する憎しみや諦めの心情を読むのは、胸が

痛かったです。

読んでいて決して楽しい話ではないけど、いろいろと考えさせられるお話だったのは

間違いないです。アルコール依存症の恐ろしさをひしひしと感じる作品でした。