ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊坂幸太郎「ペッパーズ・ゴースト」(朝日新聞出版)

伊坂さん最新作。予約に乗り遅れてしまったので、大分待たされました。なかなか

共感しずらい作品だったかなぁ、というのが正直な感想。飛沫感染によって、

相手の未来を『先行上映』して見ることが出来る特殊能力を持つ国語教師の檀は、

教え子が書いたという小説を読まされる。その内容は、猫を虐待する人々に制裁を

加える『ネコジゴハンター』を生業とするアメショーとロシアンブルが、依頼を

遂行する様子を描いたものだった。ある日の放課後、携帯を持って来ていた生徒

の里見大地を注意していると、大地がくしゃみをし、檀はその飛沫を浴びてしまう。

その結果、大地の未来の『先行上映』を見た檀は、大地が翌日新幹線に乗って脱線

事故に遭うことを知ってしまう。大地に、なんとか翌日の新幹線に乗らないように

忠告し、大地が事故に遭うのは防げたが、そのことで、大地の父親に目をつけられる

ことになってしまう。大地の父親は、内閣情報調査室に勤めていて、事故が起きる

ことを知っていた檀をテロリストの一員だとみなしているようなのだ――それに

気づいた檀は、自分の特殊能力のことを父親に打ち明けるのだが――。

今回もかなり荒唐無稽はお話でしたね。生徒が書いた小説の登場人物が、現実

世界に登場して来た時は、これってメタ小説だったの!?と唖然としてしまった。

まぁ、そこは一応現実的な説明がついているのですが。でも、なんとなく釈然と

しないような感じも。

釈然としないといえば、カフェ・ダイアモンド事件の被害者遺族たちの言動にも

首を傾げることだらけでした。大事な人を失って、抜け殻のようになってしまう

のはわかるのですが、そこで被害者遺族同士集まって、テロを行うっていう思考

回路がどうしても理解出来なくて。ひとりの指導者の考えに洗脳される新興宗教

団体のようだな、と恐ろしくなりました。彼らの真の目的は、ラストで檀先生に

よって推理されはするのだけど、それを聞いても、やっぱりいまひとつ溜飲が

下がらないままでした(それが本当の正解かどうかも曖昧なままだし)。そんな

方法を取らなくても・・・って感じ。ニーチェの引用もアホな私にはいまいち

ピンと来なかったしな・・・。永遠回帰の思想は、いってみれば輪廻転生と同じ

なんでしょうけど、永遠回帰の場合は生まれ変わっても同じ人生を繰り返すことに

なる、という考え。いくらニーチェがそう言ったとしても、それをみんなで信じ

ちゃうところが理解出来ない。だって、生まれ変わっても、同じように大事な人

を失うだろうなんて、今考えても仕方がないじゃないですか。それを、一人がそう

言い出したからって、なんで被害者遺族サークルのみんなが同調してしまうのか。

精神状態が普通じゃないから、そうなってしまうと言われたらそれまでですけ

ど・・・。それに、大地の父親や檀先生を監禁するところも、常軌を逸してる

としか思えなかったし。テロ事件で大事な人を殺された可哀想な普通の人たちが、

こんな風にテロ組織まがいの団体を作ってしまうところに、空恐ろしいものを

感じました。

伊坂さんがこの作品を通して伝えたかったことは何だったのかな。猫虐待をすると

バチが当たるよ、とか?テロ事件は起こしてはいけない、とか?被害者サークルの

人たちがやったことで、結果としてテロがなくなるとはとても思えなかったけどね。

作中作と実際のキャラクターがリンクすることで、かえって作品のテンポが悪く

なっているように感じました。あの作中作って必要だったのかな。あの二人のキャラ

は好きだったけれど。ロシアンブルが最後どうなってしまうのかはとても心配でした。

そこは救いがあって良かったです。

あと、途中で緑のデミオが出て来るシーンがあって、この緑のデミオは、あの緑デミ

かな!?とちょっと嬉しくなってしまった。

ただ、全体的には、だらだらとした展開が多く、いつものスピーディな面白さが

感じられなかったのが残念だった。里見父が監禁されてからまったく空気になって

しまったのもちょっと気の毒だった。ネコジゴハンターの小説を書いている鞠子の

ことも、もう少し踏み込んで書いてほしかったし。なんか、いろいろな要素が中途

半端だったような気がする。被害者サークルのメンバーたちの呼び名が名字だったり

名前だったりするところも統一性がなかったし。特に何かの伏線でもなかったしね。

あと、この作品を伊坂さんがいつ書かれたのかは不明ですが、多分コロナ始まった

後ですよね。檀先生の『先行上映』が起きる原因が飛沫感染というのが、かなり

読むのに抵抗ありました。だって、他人が舐めた後の切手を舐めるとか、今だったら

絶対に絶対に嫌じゃないですか!?いや、コロナ前だって嫌だけどさ。潔癖症

じゃなくても、この『先行上映』の感染に関する描写を読むのは、抵抗ある人が

多いんじゃないかなぁと思いました(くしゃみが顔にかかるとかね)。