ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

内田英治「ミッドナイトスワン」(文春文庫)

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映画のレビューを読んでいたら、原作小説も絶対読んだほうが良い、というコメント

が多数あったので、借りてみました。確かに、映画では描き切れなかった細かい

部分や、登場人物の微妙な心情の機微など、かなり詳しく描かれていて、相互補完

の関係になっているな、と思いました。原作だけ読んでもダメだし、映画だけでも

消化不良な部分が残ってしまう。これは、両方当たってこその物語なんだな、と

思えました。

読む前は、脚本を無理やり小説化したようなシナリオっぽい作品なんだろうな、と

思っていたのだけど、普通に小説として面白かったです。文章もすんなり頭に

入って来ましたし。映画を観ていたので、場面場面が鮮やかに頭の中で映像化

されて、わかりやすかったですし。読みながら、あの美しいピアノ音楽もずっと

頭の中でリフレインしてました。

映画にはなかったシーンもたくさんありました。映画の中で、いくら一果に天賦の

バレエの才能があったとしても、東京に来てバレエ教室に数ヶ月通っただけで

あれだけ上達するのは不自然だよなぁと思っていたのだけど、実は広島でバレエ

の基礎は習っていたのだと知って、溜飲が下がりました。ちゃんと下地があったの

ですね。その辺りのエピソードは、少しでも触れるべきだったのでは、とも思い

ましたけどね。

あと、凪沙さんが髪を切って一般企業に勤めた時の同僚の純也とのエピソードは、

映画でも入れてもらいたかったなぁ。純也、めっちゃいいやつだった。純也が

凪沙の正体に気づいた後も、偏見を持たずに接してくれたところに感動しちゃい

ました。

トランスジェンダー仲間の瑞希のその後も嬉しかったです。映画ではそこまで

描かれていないから。瑞希はちゃんと、自分のやりたいことを見つけて、それに

向けて歩き出していることが伺えて。凪沙も喜んでいると思う。

あと、広島に連れ帰られてしまった一果の内面が描かれていたのも良かったです。

実際、一果は凪沙のことをどう思っていたのか、映画ではそこが少しわかりにく

かったから。こんなに、彼女は凪沙のことを想って、生きていたんだなぁ、と。中学

卒業するまでと自分に言い聞かせて、凪沙とは連絡も取らないようにしていたとは。

母親も酷なことしますよね。東京であれだけ自分の娘が世話になっていたのに。

一果がバレエのコンクールで踊れなくなった理由も、映画だけではいまいちよく

わからなかったので、彼女の心情が知れて良かったです。りんの死を察知したから

かな、とか想像していたのですが。

小説では、一果の衝撃的なシーンで終わっているから、原作だけ読んだ人には

バッドエンドの作品だと思われてしまうと思う。これは、やっぱり両方触れるべき

作品なんですね。監督も、その辺り狙って書いているんじゃないのかなぁ。どちらが

欠けても消化不良に思えてしまう。両方合わさって始めて『ミッドナイトスワン』

として成立するんだな、と思わされました。

原作読んだ上で、もう一度映画を観直したくなりました。読めて良かったです。