ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

ほしおさなえ「菓子屋横丁月光荘 丸窓」(ハルキ文庫)

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シリーズ第四弾。和紙のシリーズと平行して、コンスタントに続きが出てますね。

どちらのシリーズも大好きなので、間を空けずに読めるのはとても嬉しい。そして、

日月堂シリーズも併せて、三つのシリーズがすべてお互いにリンクしているところ

も嬉しいです。

川越の古民家<月光荘>の管理人を任された大学院生・遠野守人が主人公。院生

二年の守人は、修士論文のテーマに悩んでいたが、『庭の宿・新井』のリーフレット

作りに協力したことで、夏目漱石の随筆集硝子戸の中を思い出し、これをテーマ

に書くことを思いつく。担当の木谷先生からも賛成され、取り組むことに。その傍ら、

守人は卒業後の身の振り方についても少しづつ考え始めていた。守人の希望は、川越

の街で働くことだった。身内がすべて亡くなり、どこにも居場所がなかった守人だが、

川越に住み、川越の人々と触れ合ううちに、この街が安らぎの場所になっていたことに

気づき始めていた。いつしか、守人の心の中にはこの先も川越で生きていきたいという

願望が生まれていたのだった――。

孤独だった守人が、月光荘や川越の人々と触れ合う中で、少しづつ自分の居場所を

見つけ、夢を見つけて行く姿が清々しく、微笑ましい気持ちになりました。ほしお

さんの作品を読む度に、川越の街というのは日本古来の伝統も大事にしながら、

新しい都市の形も模索していて、新旧が融合した場所という感じが伝わって来て、

行ってみたくてうずうずします。活版印刷の三日月堂を始め、コーヒー豆にとことん

拘った喫茶店『豆の家』、先にあげた旅館『庭の宿・新井』、古書店『浮草』、

老舗の紙店『笠原紙店』・・・もちろん、古民家『月光荘』も。どれもが風情が

あって情緒溢れる川越の街の雰囲気にぴったりのお店(宿)という感じがします。

こういう街でこの街の為に働きたいと願う守人の気持ちもよくわかりますね。

この街の活性化の為に人肌脱ぎたい、と思うのも自然な流れのように思えます。

そんな守人の願いが少しづつ形になりそうな展開で、嬉しかったです。まぁ、少々

ご都合主義的に感じなくもなかったけれど、守人なら川越の為に身を粉にして

働くでしょうし。人付き合いが苦手な守人にイベント管理の仕事はちょっとハードル

が高い気もしますけど、協力してくれる人が周りにたくさんいるのだから、きっと

上手く行くんじゃないかな。何より、守人の誠実な人柄に惹かれて、また仕事を

頼みたいと思ってくれる人が多いと思いますから。

前回出て来た、大工の棟梁をしていた守人の曽祖父と月光荘の意外な繋がりも今回

明らかになりました。ちゃんと、繋がっているんですね。守人が月光荘の管理人

になったのは、運命だったとしか言いようがないと思いました。守人が作った

ミニチュア月光荘と海に行ったエピソードにほっこりしました(守人は行ってる間は

気づいていなかったけれど)。このミニチュア月光荘があれば、二人(?)で

どこにでも外出出来そうです。月光荘も嬉しいだろうな。

ラストの、守人が体験した海でのシーンはとても切なかったです。でも、こういう

思い出が心の中にあったことが知れたのは良かったんじゃないかな。

優しく温かい気持ちになれるこのシリーズ、今後もずっと追いかけて行きたいと

思います。