ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

近藤史恵「筆のみが知る 幽霊絵師火狂」(角川書店)

新町の大きな料理屋「しの田」のひとり娘・真阿は、胸の病のせいで一日の大半を

自室で寝て過ごす毎日だ。父も母も「養生していれば治る」と言うが、十二の年

に病を言い渡されて二年、全くよくなる気配もない。真阿自身は、そう長く生きられ

ないのではないかと諦めている。真阿の心の中は空っぽだった。そんな中、「しの

田」の二階に、有名な絵師・火狂が居候することになった。怖い絵を描くという

その男のことが、真阿は気になって仕方がない。男には、目に見えないものが

見えているようなのだ。男が描く絵を巡って、不可解な出来事が次々と起こって

行き――。

時代は明治初期。雰囲気は完全に江戸時代っぽいのに、東京とかが出て来るから、

最初これってどういう時代設定なんだろ?と思いながら読んでました。江戸から

明治に変わったばかりで、まだところどころにその名残が感じられるくらいの

頃のようです。

料理屋のひとり娘・真阿と、居候の絵師興四郎(雅号が火狂)との師弟関係が

とても好きでしたね。興四郎が描く絵には曰くのあるものが多く、なぜか

その絵を巡って恐ろしい出来事が起きる。独特の世界観がとても好みでした。

幽霊画という題材もいいですしね。興四郎の絵ってどんな感じなのかなーと

想像しながら読んでました。河鍋暁斎みたいな感じかな?とか。おどろおどろしい

けど、つい観たくなってしまう、という不思議な魅力がありそうで。

興四郎に構ってほしい真阿の健気さが何ともいじらしくて、可愛らしかった。

興四郎も、慕ってくれる真阿のことは可愛いみたいだし。もちろん、居候させて

もらっている家の娘さんだから丁寧に接しなければいけないというのもあるには

あるでしょうけど。真阿の勘の鋭いところには一目置いてる感じもありましたしね。

絵の謎解き部分はさほどのミステリー色はないけれど、独特の幽玄な世界観が

あって、非常に好みでした。絵に込められた思いは、愛情もあれば怨恨や憎悪も

あり、それぞれに惹きつけられる物語ばかりでした。

興四郎がいつか再び自分の前からいなくなってしまう人だとわかっている真阿の、

切ないけれども潔い諦めの気持ちが切なかった。

それでも、もう少しだけ興四郎の居候は続きそうなので、また続きが読めると

いいなぁと思う。

そういえば、初期の近藤さんの作風って、こんな雰囲気のものが結構あったの

ですよね。

最後まで読んで、掲載が『幽』だったと知って、ああ、だからこういう作風

なのか、と妙に納得しちゃいました。確かに『幽』っぽい内容(笑)。

一作の短さもそうだしね。

とても好みの一作でした。