ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

倉知淳「世界の望む静謐」(東京創元社)

死神のような風貌の乙姫警部が活躍する倒叙ミステリシリーズ第二弾。前作も傑作

でしたけれど、今回もそれに遜色ないくらい面白かったですね。昨年中に読んでたら、

間違いなくミステリランキングには入れたと思いますね。死神にしか見えない

乙姫警部と、恐ろしく整った顔立ちの鈴木刑事、対照的な容姿の二人の刑事が、

今回も完全犯罪を目論む犯人を追い詰めます。何度も何度も犯人の元を訪れては、

少しづつ犯罪の齟齬を見つけ出して行く。倒叙ミステリらしい、じわじわと犯人

を窮地に陥れて行く過程にぞくぞくしました。恐るべしは、乙姫警部は、ほとんど

の犯人を、初めて会った時から疑っているというところ。その慧眼には毎回驚かされ

ます。まぁ、犯人自身が一番驚かされてるんでしょうけど。

でも、一番びっくりするのは、これだけ乙姫警部の慧眼を身近で見ているにも

関わらず、鈴木刑事がいまいち尊敬の念を抱いていなさそうなところ。鈴木刑事は

良く、自分の上司である乙姫警部のことを『何を考えているかよくわからない』と

表現しているけど、私にしてみれば、鈴木刑事の方がよっぽど、何を考えているのか

わからないキャラって感じがする。イケメンという以外にあまり情報らしい情報が

ないからかも。内面描写も出てこないし。ただ、乙姫警部の隣でメモ取ってるって

だけで、推理らしきものもしないし。自分のことを話すこともないし。めっちゃ謎。

乙姫警部は、今回古い歌手を知っていたり、コミケの同人サークル情報を詳しく

知っていたりと、意外とサブカルに強いってことがわかって驚きました。その辺り、

大倉崇裕さんの描く福家警部補とちょっとキャラが被っているかも。あれも倒叙

ミステリだしね。福家さんと会わせてみたいかも(笑)。

 

では、各作品の感想を。

『愚者の選択』

大人気ミステリーマンガ『探偵少女アガサ』の作者・椙田保彦を担当する編集者の

桑島は、椙田からアガサの連載を終了すると一方的に告げられ、カッとなって

殺してしまう。現場からは自分の痕跡を完全に消したはずだったが、死神のような

刑事が現れて――。

現実だと、椙田は金田一少年とかコナン君の作者のような感じなのかな。そういう

人気マンガ家が突然殺されて、もう作品が読めなくなるって思うと、犯人の愚かで

身勝手な犯行は絶対許しがたいと思ってしまいますね。長く続いた人気マンガが

終わってしまうのは悲しいけれど、作者は次の作品の構想を考えていたのだから、

それを支えてあげるくらいの気持ちでいて欲しかった。乙姫警部が、桑島を

疑ったきっかけとなった、机の天板の汚れの推理には脱帽。そのほんの少しの齟齬

を見逃さない乙姫警部は改めてすごい刑事だと思わされました。

 

『一等星かく輝けり』

かつて大スターと呼ばれた歌手だった新堂は、最近では世間から忘れられた存在に

なっていた。もう一花咲かせたいと思い、芸能プロモーターの九木田に400万を

支払って仕事を依頼したが、何ヶ月も全く梨の礫だった。九木田に詰め寄り、仕事を

しないなら金を返せと迫ると、巧妙に騙されていたことに気付かされ、逆上した

新堂は九木田を灰皿で殴って昏倒させ、首を絞めて殺してしまう。現場を偽装して

逃走した新堂だったが、死神のような刑事が訪ねて来て――。

九木田の事務所で撮った写真から、新堂が持ち去ったファイルに気づく下りが秀逸

ですね。余計な工作をしたことで、足元を掬われることになってしまったと。最後に

歌いたくなる犯人の心情が切なかったです。

 

『正義のための闘争』

有名な文化人タレントとして人気の鷹飼史絵は、可愛がって来た部下の宮内莉奈が

年下の夫と不倫していることを知り、正義の鉄槌を下すことにした。莉奈を人気の

ない公園に誘い出し、包丁で刺し殺した。何食わぬ顔で日常生活を送ろうとしたが、

死神のような刑事が現れて――。

乙姫警部が珍しく犯人の思惑通りに動かされているな、と意外に思わせられましたが、

ラストで、すべてがひっくり返されました。まぁ、こういう展開になるだろうな、

とは思ったのですけれどね。こういうプライドの高い人物がやり込められるのは

スカッとしますね。不倫くらいで殺されてしまったら、昨今のタレントたちは

どうしたらよいのでしょう・・・。

 

『世界の望む静謐』

美大の予備校講師の里見は、過去に自分が起こした傷害事件を餌に、事務員の砂川

から脅されていた。砂川は、同性愛者で、美貌の里見を以前から狙っていたらしい。

事件のことに口をつぐむ代わりに、身体を要求されたのだ。平穏で静謐な生活を

好む里見は、砂川の要求が許せなかった。そこで、砂川を呼び出し、殺すことに

した。犯行を終えた里見は、外部から何者かが侵入したように見せかけて現場を

後にした。犯行は完璧だと思ったが、里見の元に死神のような男がやってきて――。

里見を乙姫警部がじわじわと追い詰める過程はいつも通りさすがでしたが、さすがに

この作品はちょっと偶然に頼りすぎかなぁと思いましたね。三人の女性事務員が

全員特殊技能の持ち主ってのもそうだし、犯人を追い詰める切り札となった絵に

関しても、あの一瞬で見ただけのものを、あの状況で乙姫に描いて見せたって

いうのも、さすがにちょっとご都合主義的かなぁと思ったし。そこで彼女が絵に

描かなかったら、里見の供述を引き出すことは出来なかった訳で。しかも、彼女が

直観像記憶を持っていたから描けた訳ですしね。いくつもの偶然が重なり過ぎかな、

と思ってしまいました。感情が表に出ない里見のようなタイプの人間が相手だと、

さすがの乙姫警部もこういう偶然に頼るくらいでしか対抗出来なかったのかも

しれないですけどね。