ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

辻村深月「この夏の星を見る」(角川書店)

辻村さん最新作。少し前にアンソロジーか何かでこの作品のスピンオフを読んで

いて、本編を読めるのをとても楽しみにしていました。その時から良さそうな

雰囲気がぷんぷんしていたからね!

いやー、期待に違わぬ良作でしたねぇ。これは、コロナ禍でたくさん理不尽な

思いをした中高生のみなさんにぜひ読んで頂きたい青春小説だと思う。きっと、

あの時の忸怩たる思いをすべて、代弁してくれていると思うから。読んだら

共感できると思うし、勇気づけられると思う。大人の私でも、コロナ禍で経験

したたくさんの理不尽に心が疲弊したもの。実際感染して、体力的にもしんどい

思いしたしね。ただ、私が感染したのは、身近な人もどんどん感染していて、

ほとんど風邪とかインフルと同じような扱いになっていたから、まだましだった

と思う。コロナが持ち込まれて一年目辺りだったとしたら、周りの目とかが

気になって、もっともっと精神的に辛かった筈。この作品は、まさにそうした

コロナが流行りだして一年目、2020年の話。まだまだ未知のウイルスに

世間の情報が錯綜し、人々が惑わされていた時。政府から緊急事態宣言が出され、

学校は休校し、会社員はリモートワークを推奨され、人と会話をするな、不要不急

の外出はするな、と行動を抑制されていた、まさにあのコロナパニック真っ只中の、

中高生たちのお話。

視点となるのは、茨城県の高校二年生、亜紗。渋谷の中学一年生、真宙。長崎県

五島列島の高校三年生、円華。それぞれに学年も部活もバラバラな彼らだけれど、

あるきっかけから天文活動を通じて、オンラインで繋がって行く。

みんな、それぞれにコロナのせいで心に鬱屈を抱えていたけれど、スターキャッチ

コンテストという、手作り望遠鏡で星を捕まえるスピードを競う競技に参加する

ことで、ひとつに繋がり、成長していく。それぞれの心の動きの描き方が見事で、

辻村さんはなんでこんなに十代の若者たちの気持ちがわかるんだ!と感心させ

られました。まぁ、御本人も十代だった時があったからだろうけれども、本人が

中高生だった時には当然ながらコロナなんてものはなかった訳で。せいぜい

インフルエンザで学級閉鎖があったくらいだったでしょう。大人でさえしんど

かったコロナ、あらゆる行事がなくなって、一番大事な青春時代をすべて奪われた

学生たちの心情は、どれもこれもが胸に刺さって、読むだけでも苦しい心情が

伝わって来て、辛かった。

実際の学生さんたちはもっともっと辛い思いをたくさんした筈で。ままならない

学生生活を余儀なくされたすべての人に向けて、この作品は書かれたんじゃない

かな、と思わせられました。

特に、五島列島の円華の心情は胸に堪えたなぁ。両親が旅館を営んでいるからって、

親友だと思っていた友人から、しばらく一緒に登校出来ないと言われ、距離を

取られてしまう。在籍している吹奏楽部の練習に参加することにも引け目を感じて、

不本意ながらも顧問の先生に不参加を申し出て。両親の旅館が、県外からの

宿泊客を泊めていることで、他の生徒からも白い目で見られているのではないかと

疑心暗鬼になってしまったり。感染者の少ない地方だからこそ、こういう差別は実際

あったのではないかと思う。

東京には東京の、県外の人からの差別はありましたけれどね。コロナの前までは

普通に仲良しだった友達同士の仲が壊れてしまう。やりきれないなぁと思いました。

この友人との仲違いに関しては、その後に友人側にも問題が発生して、いろいろ

あるんですけどね。でも、最後はほっとする結末だったので良かったです。

渋谷の真宙に関しては、東京の学校なのに、入学してみたら男子が一人だった、

という環境があることにびっくりしました。地方だとそういうケースも良くあり

そうだけど、よりによって渋谷の中学で!?と。同じ小学校の男子はみんな受験

をして、私立に行ってしまったからということだけど、そもそも東京なんて母体

が多そうなのになぁ、とは思いましたね。でも、実際東京でもこういうケースが

あるから敢えて渋谷の中学の設定にしたのかなぁとも思いましたけども。中学生

の男の子が、女子ばかりの学校に入れられちゃったら、そりゃいろいろ気後れ

するし学校行くのが嫌になりますよね。だから、本書に登場する学生の中では、

唯一、コロナ禍で学校に行けなくなることを喜んでいた子でもありました。学校

が嫌だといろんなことに投げやりになっていた真宙が、スターキャッチコンテスト

に出会い、少しづつ望遠鏡を作ったり星を見ることにのめり込んで行くことで、

仲間と出会い、学生生活に喜びを見出して行くところが嬉しかったです。

茨城の高校生、亜紗は、天文部で、スターキャッチコンテストをもともとやっていた

学校の生徒。顧問の綿引先生は、天文の世界では非常に有名で、全国に天文仲間

がいる。綿引先生の人脈の広さが異常過ぎて、作中度々驚かされましたね。

まさかの人物とも繋がっていて。一体何者なの!?って何度も思わされました^^;

それを言ったら、東京の御崎台高校の天文部顧問・市野先生の正体にもびっくり

だったけど。ここに来てそんな偶然ある!?と思ってしまいましたけどね。

終盤、スターキャッチコンテストの輪がどんどん発展していって、全国の学生

たちとリモートで、ISSを肉眼で観る輪に繋がって行くところにワクワクしました。

ままならないコロナの中だからこそ、リモートで全国各地と繋がれた。直に会え

なくても、空と心は繋がっている――清々しい気持ちで、晴れやかに読み終え

られました。

スターキャッチコンテストというのは、実際にも行われているものなのかな。

こういう天体観測の機会が、学生たちに広がるのは良いことだなぁと思いましたね。

私も、去年、天王星食と皆既月食が同時に観られるという天体ショーの日に、

ネットでLIVE鑑賞しましたけど、全国で同じ画像観ている人たちのチャット読む

のも楽しかったし、同じ星空を観ているという連帯感みたいなものがあって、

すごく高揚感がありました。繋がってる感というのか。お祭り感もありましたしね。

 

バラバラの地域の学生たちが、天文仲間として繋がって行く過程がとても爽やか

で素敵でしたね。素晴らしい青春小説の力作だと思いました。