ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

町田そのこ「ぎょらん」(新潮文庫)

『52ヘルツのクジラたち』本屋大賞を獲り、人気作家となった町田さんの

初期作品。文庫化して図書館入荷されたのを機に借りてみました。人が死ぬ時に、

その人の近くに残されるという珠『ぎょらん』。その珠を口にすると、その人の

最後の願いがわかるという。付き合い始めて四年になる恋人が突然の事故で死に、

通夜に出席した華子。身も心も疲れ果てて帰宅すると、引きこもりの兄・朱鷺が

泣き叫んで暴れていた。理由を聞くと、母親が、朱鷺が大事にしていた漫画を

売ってしまったからだという。その漫画は、『ぎょらん』というタイトルで、

死者の願いが小さな赤い珠になるという内容だった。華子は、本当にぎょらんが

あるなら、昨日亡くなった恋人が最後に何を思ったのか知りたいと思った。それを

聞いた朱鷺は、華子に『ぎょらんを探しに行こう』と言い出して――。

町田さんは、人の『生と死』をテーマにすることが多い作家さんだと思って

ましたが、その傾向はこの頃からあったのですね。本書はまさしく、人の『死』が

テーマ。人が死ぬ前に残すという小さな珠。その珠を口に入れて噛み潰すと、その

人の最後の思いがわかるという。都市伝説的な話なので、作品ごとに『ぎょらん』

の設定に微妙にブレがあって、それぞれの話で印象が定まらなくて戸惑いました。

一体『ぎょらん』というのは本当に存在するのか。それぞれの話に登場する死者が

残した珠の描き方が、どれも実在するのかどうか曖昧な書き方なので、結局最後

までその存在の真偽はよくわからないままでした。ただまぁ、その珠が実在するか

どうかというのは、この物語の中ではそれほど重要なファクターではないのだと

思う。遺された人が、死者が残したであろう思いをどう受け取るのか、という方が

大事なことで。死者の思いを受け止めることで、大事な人を失った悲しみや痛みや

理不尽さと折り合いをつけて行く。ただ、一筋縄ではいかないのが、死者の思いは

誰かに対する温かい気持ちばかりではないということ。誰かに対する激しい恨み

や憎悪というケースもある。そうした場合、遺族はどう受け止めるのか。本書には、

様々なケースが出て来ます。いろんな誤解も含まれていたけれど、苦しみや痛み

を伴うお話も出て来るので、やりきれない気持ちになることもありました。特に、

ぎょらんに翻弄される華子の兄・朱鷺のお話は。ただ、朱鷺の場合は、完全に本人

の思い込みが原因でしたけれどね。引きこもりだった朱鷺が、ぎょらんについて

調べることがきっかけで、外に出られるようになり、就職し、成長していくところは

良かったと思います。ただ、作品によって、朱鷺のキャラクターがブレブレなのが

ちょっと引っかかったのですけれど。会う人によって態度が違うというか。同級生

に対してだけは、なぜか全然どもったりしないし、語尾も変にならないし、何なら

ちょっと傲岸不遜なくらいの態度になるところが不自然に感じました。次の話ではまた

いつもの朱鷺に戻ってたし。いくら昔の朱鷺を知っている同級生相手だからって、

何年も会ってない相手ばかりなのだし、かえって緊張したりしそうだけど。妹に

対してさえ、へりくだった態度を取るような兄なのにね。

読み進めると、なぜ『ぎょらん』の設定が作品によってブレがあるのか、その

理由がわかって行くので、溜飲が下がりました。少しづつ繋がっていく作品構成

の上手さは、この頃から健在ですね。ただ、初期作品のせいか、だいぶ荒削りな

印象も受けましたけれども。大事な人の『死』を、遺された側はどう乗り越えて

行くのか。いろいろなメッセージが込められた作品なのだろうな、と思いました。

個人的には、朱鷺の妹の華子のキャラクターが好きでしたね。朱鷺に対する

不遜な態度には若干引きましたけど^^;それでも、朱鷺が妹を大事に思って

いることは伝わって来たし、華子も、どうしようもない兄だけど、彼が抱えている

問題を乗り越えて成長して欲しいという思いが伝わって来ました。いい兄妹

だな、と思いました。

『ぎょらん』が実在するとしても、私だったら受け取りたいとは思わないかも

しれないなぁ。相手にもよるかもしれないけれど・・・。相手が本当は自分のことを

どう思っていたのか、知りたい気持ちもあるけど、知るのが怖い気持ちの方が大きい

かも。

恨みや憎悪といったマイナスの感情だったら、一生背負って行かなきゃいけなく

なっちゃうしね。知らない方が幸せな場合も多い気がするな。