ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

古矢永塔子「ずっとそこにいるつもり?」(集英社)

はじめましての作家さん。なぜ本書を借りたかというと、新着図書欄の内容紹介

のところに、『アミの会短編アワード2022』受賞作の作品が入っている、と

書かれていたからです。アミの会で認められた作品ならきっと面白いだろう、と

思いまして。

いやいや、予想以上に、小技の効いた秀作揃いの短編集で面白かったです。ラストで

予想外の反転があって、そういうことだったのかー!と何度も驚かされました。

一話目を読んだ時点ではそこまですごいとは思わなかったのですけれど。二作目で

「お?」と思わされて、三作目で「おお~!!」となって、その後もどこかで必ず

反転が待ち受けていて、感心させられました。構成が巧い作家さんですね。伏線の

張り方も。まぁ、手法としてはどれもオーソドックスではあるのですけれど。

さらっと書かれていて、伏線が伏線とわからないので、結果騙されちゃう感じ。

どれも良かったけど、一番騙された感があったのは三話目の『デイドリーム

ビリーバー』、読後感が良かったのはラストの『まだあの場所にいる』かな。

ラスト読むまではイヤミスっぽい作品が多いんだけど、最後まで読むと爽快な

気持ちになれるところがいいですね。女性ならではの感性も光っていると思いました。

今後注目の作家さんになるかも。

 

では、各作品の感想を。

『あなたのママじゃない』

完璧な母親だと思っていた姑が、なぜかコンビニのイートインスペースでコンビニ

弁当を食べていた。弥生は、その後会社の人から、彼女が『窓際のドヌーブ』と

呼ばれていて、頻繁にあのコンビニを訪れていることを知る。姑はなぜ家を抜け

出してあんなところにいるのだろうか――。

弥生が、夫から頻繁に急かされていた、役所に行く理由は意外だった。そっちか!

と思いました。てっきり住所変更だと。夫婦にはいろいろありますね。義理の母と

弥生が、なんだかんだでいい女友達になれそうなところが救いだったかな。

 

『BE MY BABY』

大手のメーカーに就職の内定をもらった大学四年の健生。一足先に内定をもらった

恋人から同棲を仄めかされていたが、はぐらかしていた。そんな中、かつて一緒に

暮らしていた美空が突然健生の家に転がり込んで来た。彼女は、健生を置いて突然

『結婚する』と家を出て行った。なぜ今更健生の前に姿を現したのか――。

美空の言動にはイライラしっぱなしだったのですが・・・そういうことだったかー!

って感じでした。伏線の張り方が上手くて、完全に騙されてましたね。同じような

作品、他の作家さんでも読んだことあったのになぁ(一穂ミチさんだったかな??

違うかも)。健生が出した答えにほっとしました。一番やりたいことをやるのが

一番ですよね。

 

『デイドリームビリーバー』

漫画家の峯田は、最近担当からダメだしを食らってばかりだった。担当からは、

『峯田が心から描きたい作品を描いた方がいい』と言われたが、峯田の心は

以前一緒に漫画を描いていた相棒がいなくなってから、空っぽになっていた。

そんなある日、突然峯田の前にかつての相棒・東が現れた。東が幽霊だっていい、

また一緒に漫画が描けるなら――。

これはもう、完全に作者の手中にはまってました。いろいろ深読みしてたのが

全部ひっくり返されました。ああ、そういうことだったんだ、と切なくなりました。

東がこのまますんなり◯◯できればいいのですけどね。ちゃんと彼の遺志を継いで、

面白い漫画を描いて行ってほしいです。

 

『ビターマーブルチョコレート』

高給取りの夫と結婚し、かわいい一人娘も儲けて、順風満帆な生活を送っている

かに見える朱里。しかし、その実、夫とはぎくしゃくしていた。

そんな中、団地に一人で住む母が手を骨折したというので、娘を連れて里帰りすると、

隣の部屋に住む幼馴染の真琴が、ベランダから恨めしげな目でこちらを睨んでいるのを

見つけてしまう。母が言うには、一流企業に勤めていた真琴は、数年前に父親

の介護の為に仕事を辞めて実家に戻って来たのだが、昨年その父親が亡くなり、

その後は家に引きこもるようになってしまったというのだ。母親は、

真琴は幸せな朱里に嫉妬しているから、そっとしておきなさいと言うのだが。

高校時代の朱里と真琴の関係には驚かされました。人間、年を取ると変わるという

ことでしょうか。真琴の言動は最初は恐怖でしかなかったのだけど、だんだん

印象が変わって行きました。朱里の旦那の言動は、完全にモラハラですね。でも、

これからは、朱里も言いたいことを言って、関係性が変わって行けばいいと思う。

ちゃんと真琴という味方もいるのだからね。

 

『まだあの場所にいる』

教師の相田杏子は、転校生の美月を見た瞬間、『この子とは合わない』と感じた。

その後、美月は転校してきたとは思えないほど、クラスにすんなり馴染み、

クラスの中心的人物である莉愛とも仲良くなった。そのことが、杏子はどうしても

腑に落ちなかった。そして、莉愛は、文化祭の出し物のダンスのメンバーに、美月

を入れると言って来た。戸惑う美月だったが、莉愛の説得に負けて出場することに。

ダンスの得意な美月の踊りは、比較的運動の苦手な莉愛とは比べ物にならないくらい

上手だった。なぜ、莉愛は自分よりダンスの上手い美月をダンスのメンバーに

入れたのか――。

莉愛みたいな子っていますよね。クラスのヒエラルキーの一番上にいて、自分が

一番じゃないと我慢ならないってタイプ。やってることが陰湿過ぎて引きました。

顔は可愛いのかもしれないけど、性格は最悪ですね。でも、美月のポジティブ

パワーが、その陰湿さもすべてふっとばしてしまったところが痛快でした。彼女

に関しては、またも完全にミスリードさせられてました。本作が、冒頭に述べた

『アミの会短編アワード2022』受賞作というのも頷けますね。杏子の母親の

毒親っぷりも酷かったな。自分の子供を何だと思ってるんでしょうか。誰かと

比べたって仕方がないのにね。

 

本書のタイトルは、すべての作品の主人公に対しての言葉でしょうか。

そんな場所で留まっていないで、自分の力で、一歩前に出て進んでみれば、

道が拓けるよっていうメッセージなのかな、と思いました。