ミステリ読書録

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貫井徳郎/「空白の叫び 上・下」/小学館刊

貫井徳郎さんの「空白の叫び 上・下」。

14歳の工藤美也、葛城拓馬、神原尚彦は、それぞれ全く違う境遇と環境で生きて来た。共通点
など何一つなかった筈だった。しかし、運命の歯車が狂い、それぞれに殺人を犯してしまった
彼らは、少年院という閉鎖空間で出会いを果たす。少年院を出た彼らは、それぞれ別の人生
を歩み始めたが、殺人を犯した彼らに対する世間の目は厳しく、徐々に行き場を失って行く。
そして、彼らは再び出会うことになる。犯罪を犯した彼らの行き着く先とは――貫井徳郎
渾身のクライムノベル。

以下、ネタバレしてる部分があります。ご注意下さい。



いやー、長かった。旅行がはさまった為、実質読んでいた期間は一週間位なのですが、
なんだかもっとずっと長い期間彼らと行動を供にしていたような気がします。長いですが、
貫井さんならではのリーダビリティ溢れるクライムノベルであることは間違いありません。

本書は3部作構成になっています。第一部は、普通に生きて来た14歳の少年が、それぞれ
の理由から殺人を犯すまで、第二部は殺人を犯した3人の少年院での生活、そして第三部は
卒院した彼らが再び出会ってからの行動。
第一部は、14歳の少年が殺人に至る経緯を、非常に丁寧に描いています。でも、それを
読んでも、3人の殺人の動機に納得できるものは一つもなかったのですが。本当に一瞬の間が
さしたという感じの、あっけない殺人。それだけに、真に迫るものがあり、少年犯罪のそら
怖ろしさというものを感じました。唯一神原だけが殺害方法も理由も異質ですが、見かけは最も
普通に見えて、実は彼が一番本質からの悪党で、始末が悪い人間だと思います。特に、ラストに
かけての彼の行動には、とても理解の及ぶ範疇にはなかった。心の動きも全く感情移入できる所が
なく、なにか、異質な世界の人間を見ているかのようでした。彼の部分だけが一人称で書かれている
というのも、貫井さんならではの他の二人との差別化と見て良いのではないでしょうか。
結末も彼だけが違っていたし。彼の身にふりかかったことは、因果応報というしかないでしょう。
おそらく、この結末でなければ、私も納得しなかったような気がします。

ただ、全ての結末がわかるラスト部分に関しては、そこに至るまでの経緯があれだけ長かった
にしては、ちょっと急ぎすぎたかな、という印象は受けました。一気に謎が解けすぎるというか。
それぞれのからくりに関しても、割と全体像は見えてしまい、ちょっと意外性という部分では
少なかったかな、というのが正直な所。

それにしても、現行の少年法以前の設定とはいえ、人を一人殺しているのにたった一年で
社会復帰し、普通の生活を続けることが出来る世界というのにそら怖ろしいものを感じました。
確かに周りの目の問題はあるけど、本書の主人公たちのように深い恨みを持たれて行動に移され
るような敵がおらず、住む場所を移してひっそりと暮らせば、普通に生きていけてしまう。
未成年だからって、それが許されていい筈がないのに。殺人を犯すことが悪だとわからないような
少年であれば、罪の意識も感じずにのうのうと人生をやり直してしまうのではないでしょうか。
本書の主人公たちの場合は、それが許されない一生を背負うことになる訳ですが。やはりここ
でも、浮かんだ言葉は因果応報でした。彼らは自分のしたことを忘れるべきではありません。
負い目や後悔や他人からの悪意を一生涯背負って生きていくべき種族の人間です。彼らは
一生償えない罪を犯したのですから。

多少長さに辟易するかもしれませんが、読み始めたら、きっと止まらなくなる筈です。
普通の少年が何故殺人を犯すのか、そしてその犯罪の先にあるものは何なのか、
彼らの心に巣くう「瘴気」を感じて欲しい作品。貫井さんの力作です。