ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

小路幸也/「東京公園」/新潮社刊

小路幸也さんの「東京公園」。

大学生の志田圭司は大学で建築を学ぶ傍ら、カメラマンを目指して東京の公園を巡りながら
家族の写真を撮っている。そんなある日、公園で知り合った初島という一流企業の会社員
から、公園に遊びに行く妻と2歳になる娘の写真を隠し撮りして欲しいと頼まれる。初島
どうやら妻の浮気を疑っているらしい。引き受けた圭司は、晴れの日の度に東京のあちこちの
公園を巡る初島の妻と子供を追いかけ始めた。二人の写真を撮るごとに、次第に妻の百合香
に微妙な気持ちが芽生え始める圭司。これは恋なのか――?


決して面白くなかった訳ではありません。文章は読みやすいし、東京にある公園の描写も清清しい。
とても爽やかな雰囲気で、晴れた日に公園の木陰のベンチに座って、静かに読まれるような
温かみを感じる作品。でも、正直に云って、私にはこの作品の良さがわからなかった。私は、
小路さんがこの小説で何を書きたかったのかが読み取れなかったです。すべてが消化不良な印象
だけが残ってしまった。それは、主人公圭司を始め、同居人のヒロ、圭司の幼馴染の富永、
圭司の姉の咲実といった主要登場人物の物語が何一つ完結していないせいです。完結したと云える
のは、百合香の物語だけですが、その百合香の真意も何一つ明かされていない。この物語には
それぞれの人物の胸の内がちっとも出て来ない。だから登場人物が何を考えているのかはっきり
しないし、すべてが曖昧で、最後まで読んで「だから、何?」と言いたくなってしまった。
それに、一番ひっかかったのは富永の言動。エキセントリックで、突然圭司とヒロのアパートに
やってくるのは別に許せる。でも、彼女が圭司の姉・咲実の秘密を二人に告げたのは何故なのか。
彼女にそんなことを告げる資格があるのか。私にはどうしてもそうは思えません。最もプライベート
で他人から暴露されたくない秘密を、何故あのタイミングで告げるのか。そのくせ自分の真意は
何一つ誰にも明かさない。そんな富永の自分勝手な行動への嫌悪感が最後まで後を引いて
しまいました。

良かったのは、ヒロが過去に犯した傷害事件の被害者との交流の部分。罪のメモリが減って
行くというくだりはとても胸に響きました。はっきり云って、その部分をクローズアップして
作品にした方がもっといい作品が書けたんじゃないかと思う位。少年犯罪を扱った小説「天使の
ナイフ」のレビューの時に、すのさんがこの部分に言及して下さいましたが、その言葉の意味が
よくわかりました。加害者の被害者に対する贖罪の答えが、ここにあるのではないか、と感じました。

うう~、またひねくれた読み方をしてしまった・・・。おそらく、大抵の読者は‘青年のほろ
苦い恋を描いた爽やかな作品’としてこの小説を評価するんだろうなぁ。多分、私は前作の
東京バンドワゴン」がとても好みの作品だったので、あの作品のような感動を期待して
しまったのがいけなかったのかも。ラストの後日談も爽やかなんですけどね・・・。

あああ~天邪鬼でごめんなさい。こんなレビューは書くべきではないのかもしれません。
でも、小路さんの温かみのある筆致は好きなのです。今後も追いかけて行くつもりです。