ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

小峰元/「アルキメデスは手を汚さない」/講談社文庫刊

小峰元さんの「アルキメデスは手を汚さない」。

柴本工務店の社長・柴本健次郎の娘である美雪が死んだ。美雪は妊娠中絶手術直後に容態が
変わって急逝したのだ。生前の美雪は相手を頑として告げようとしなかった。葬儀の後で、
柴本は妻の祥子に美雪の相手を探し出す決意を語る。一方美雪のクラスメートの柳生が教室で
弁当に毒を盛られて救急車で運ばれた。その弁当は、美雪の初七日に出席した内藤のもの
だった。そして、柳生の姉・美紗子の不倫相手である亀井が忽然と姿を消してしまった。
一連の事件に関連はあるのか。第19回江戸川乱歩賞受賞の青春ピカレスク(悪漢)小説。


東野圭吾氏が小説を書くきっかけになったという本書。先日東野さんのエッセイを読んで
気になっていたので、手に取ってみました。
書かれたのが30年以上前ということで、やはり時代を感じさせる描写がちらほら。
ナウい」なんて言葉、久しぶりに聞きましたよ(笑)。最近の若者が本書を読んだら意味が
わからない言葉もあったりするのではないかしら、と思いながら読みました。なる程、東野
さんがいかにも好きそうな小説という感じがする。乱歩賞を意識してか、密室や時刻表トリック
など本格要素も盛り込み、なかなかバラエティに富んだ内容。ただ、この小説が一番目指して
いるのは解説にもあるように「悪漢小説」なんですね。ここに登場する高校生たちは確かに
「悪漢」と呼ぶのに相応しい人物ばかり。はっきり云って感情移入できるタイプは一人も
いません。狡猾でいて、自分たちが‘正義’だと信じて疑わない身勝手な思考回路。彼らの
言動をを読むと、とても高校生には思えない。ラストで田中少年が「今の日本で、最も知能指数
が高いのは高校二年生だ」と言うシーンがありますが、ここに出てくる高校生はみんな知能が
高いせいなのか(?)達観していて、ちょっと鼻につくところもありました。
高校生が使う言葉じゃないだろうという言葉がぽんぽん飛び交う。その辺りはリアリティの
なさを感じてしまいました。それとも当時の高校生はこんなに発達してたんだろうか・・・。
美雪の妊娠の課程も、読んでいてとても腹が立ちました。ただ、美雪自身の問題でもあるので、
どっちもどっちという感じでしたが。こんな風に高校生が割り切れるものなのかなぁ。こういう
達観というか老成したような若者が出てくる小説を読むと、いつも自分の高校時代と比べて、
あまりにも差があると思ってしまう。自分が何も考えなさすぎたのかなぁとちょっと恥ずかしく
感じたりも。

ミステリとしての出来栄えというと、そんなに完成度は高くないように思います。特に美紗子
の密室の謎なんか、ひねりがなさすぎて、登場させる意味があったのか疑問。最後に二転三転
あるのかなーと思ってたらなかったし^^;ほぼ倒叙形式と言ってもいい程、犯人は明らか
なので、ハウダニットとかホワイダニットが中心の作品。ただ、動機の面ではやや弱いかな。

タイトルが秀逸です。最後まで読むと、このタイトルをつけた意味がちゃんとわかる。
こういうタイトルのつけ方はとても好きですね。
本書の一番突出したキャラは弁当セリ市で活躍した(苦笑)田中君です。まさか、ラストで
ああいう変貌を遂げるとは。お前ほんとに高校生か!?と突っ込みたくなりました。思わぬ
伏兵が最後に出て来てびっくり。こんな重要な役を担っていたとは。構成でいうとエピローグに
当たるこの部分が、この小説で作者が一番伝えたかったことなのだろうな、と思いました。
殺人兵器を考案したアルキメデスは、直接的には人を殺していない。けれども、彼の手が汚れて
いないなんていえるのか。

書かれた時代が時代なので、当然古臭さは感じるし登場人物に好感も持てないけれど、青臭い
青春ミステリとして、なかなかに読ませる作品でした。
この方はすでに亡くなっていて、著作もほとんどが絶版扱いのようですね。どうやら二作目、
三作目の方がもっと出来が良いらしく、そちらも読んでみたくなりました。
東野さん好きの方は、東野作品の原点として是非とも読んでみて頂きたい作品です。