ミステリ読書録

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貫井徳郎/「殺人症候群」/双葉文庫刊

貫井徳郎さんの「殺人症候群」。


警視庁人事二課の環敬吾率いる特殊チームは、捜査課が表立って動けない事件を

秘密裡に処理する極秘集団である。今回の彼らの標的は、殺人事件の犯人を、

遺族に代わって葬り去る「職業殺人者」。しかし、依頼を受けたメンバーの中で、

倉持だけがこの事件を追うことを拒否し、姿を消した。残りのメンバーである原田

と武藤は倉持の行動に不審を覚えつつ、調査を開始する――症候群シリーズ完結編。


長らく本棚で積読書として眠っていた本書。読もう読もうと思いつつも、その

分厚さにしり込みしなかなか手が出せずにいたので、旅行を機に読もうと持って

行きました。行きの飛行機での体たらくは「氷菓」の記事の通り。これは帰りも

爆睡で読書どころじゃないだろうなぁ~と半ば諦観していたのですが、これが、

読み始めたら止まらない。眠気なんか吹っ飛んでしまい、とにかく先へ先へと

ページをめくっている自分がいました。結局、成田に着いてから、実家の近くまで

行くリムジンバスの中でも一睡もせずに読みふけってしまいました。返却期限が

迫った図書館本もあったのですが、本書を最後まで読み切るまでは他の本になんか

到底手が出せない、と思いました。

本書を読んで、「空白の叫び」はこの作品に繋がっていたのだ、と思いました。

キャラや設定がリンクしているという訳ではありませんが、確実に本書の内容が

念頭にあってあの作品が書かれたと思います。もっと早く本書を読んでいたら、

「空白~」の読み方がまた違っていたかもしれません。

シリーズ前二作は、表沙汰にできない事件の犯人を秘密裡に裁くという、ある種の

痛快ささえ感じる、どちらかと言うと現代版必殺仕事人といった趣の作品でしたが、

本書はそうした作風を一切切り捨てています。本書を読んで、前二作はこの作品への

伏線に過ぎなかったのだと良くわかりました。本書は単独でも十分読み応えのある、

間違いなくシリーズの最高傑作ですが、前二作があった上での作品なのは間違い

ありません。これから読まれる方は是非、前二作を読んでから読まれることを

強くお薦めします。





以下、作品のラストに触れている部分があります。未読の方はご注意下さい。









「空白~」でも感じたことですが、本書でも貫井さんの「殺人」に対する捉え方は

「因果応報」なのではないかと思いました。連鎖するように殺人を重ねて行く犯人

たちの末路は全てそうした思いに基づいている気がします。結局、他人の恨みを

代行するという大義名分を持ち出し殺人を実行する職業殺人者も、心臓病の息子の

為に臓器移植のドナーカードを持った人物を殺して行く母親も、「殺されそうに

なったから殺した」という気が狂った青年も、同じ末路を辿る。殺人を犯した者が

罪を逃れてのうのうと生きて行くべきではないという、それはもしかしたら環敬吾

と同じ考え方なのかもしれません。それでも、最後の最後、倉持の末路をぼかして

書いたということは、法によって裁かれない殺人者たちにはやはり制裁を加える

べきという思いもあるからなのでしょうか。少年法に守られた少年たちが、自分

の犯した罪に悔いることもなく、のうのうと生き延びてしまう事実はやはり理不尽

なものを感じます。それが被害に遭った遺族ならば尚更でしょう。だからといって、

個人的な感情で犯人を断罪し、裁くことが許されるのか。少年犯罪を扱った作品を

読むと、いつもいつも考えさせられてしまいます。世の中には「死んだ方がいい」

人間が確実に存在する。それでも・・・。


最後の最後に倉持視点の章を入れたことで、一気に倉持の思いや人となりが明かされ

ます。そして、それを読んでしまったら、倉持側に肩入れせざるを得なくなる。

それまで得体の知れない陰のような存在であった倉持が、輪郭のはっきりした

人間に変わった瞬間、おそらく読者は彼のしたことを容認し、彼に生き延びて

欲しいと願うのではないでしょうか。やはり、貫井さんはすごい。原稿用紙にして

1100枚という本書。「空白の叫び」の時と同様、読み出したら止まらない、

ノンストップ小説でした。終盤、貫井さんらしい、あっといわせる仕掛けも見事。



「空白の叫び」に匹敵する力作です。というよりも、この作品があるからこそ

「空白~」が書けたのだと思います。作中においても「空白」という言葉が何度も

出て来ますし。後味がいいとは決して言えない。気が滅入るような救いのない話

です。それでも、読んで何かを感じて欲しい。現代社会の抱える問題を真っ向から

描いているから。環と倉持。理性と感情。どちらも正しいし、どちらも間違って

いる。きっと答えの出ない問題なんだろうけれど。


三部作の最後を飾るに相応しい、完成度の高い作品でした。

是非、三部作合わせてお読み頂きたいです。