岸田るり子さんの「ランボー・クラブ」。
後天性の色覚障害である不登校中学生の菊巳は、ある日、自宅のパソコンから日に何度も
アクセスしている色覚障害者のサイト < ランボー・クラブ > のトップページに掲げられている
< 母音 Voyelle > というフランス語の詩の意味が読めることに気付き愕然とする。フランス語
など習ったことは一度もない筈だ。もともと菊巳には5歳以前の記憶が曖昧で定かでない。しかも、
その頃自分以外の「菊巳」と呼ばれる男の子がいたという辻褄の合わない記憶が残っている。
自分とは一体何者なのか――。そして、ある日、 < ランボー・クラブ > のその詩が書き換えられ、
その詩をなぞったような殺人事件が起きて――。ミステリフロンティアシリーズ。
デビュー作「密室の鎮魂歌」、「出口のない部屋」に続いて読むのは三冊目になる岸田さん。
一冊読めてないのがありますが、三冊読んでみて安定した実力を持った方という印象を持ち
ました。ただ、どの作品にも共通して云えることは、徹底して登場人物に好感が持てない。
今回は前二作よりはまだ良かったのですが、やっぱり好きとまで云える人物は出て来なかった。
主人公の少年のキャラも前半で受けた悪印象を最後まで引きずってしまい、好感が持てる
程ではなかった。基本的には明るいいい子だったのかもしれないけれど、不登校児になって
家族と上手くいかなくなりひねくれてしまった菊巳の言動は眉を顰めたくなるようなもの
ばかりだったので。探偵の麻理美や助手の健一のキャラもいまひとつ。いかにも『俗物』
という意味ではリアリティがあるのかもしれませんが、どちらもあまり好きになれるキャラ
ではなかったです。後半の菊巳と麻理美のふれあいの場面は良かったので少し盛り返した
ところもありましたが。もしかしたらミツイ探偵事務所のメンバーたちはシリーズキャラに
なる可能性もあるのかもしれないな。
ただ、相変わらず文章はしっかりしているし、リーダビリティはあるので作品世界には充分
引き込まれました。私のような仏文出身にはランボーの詩が出て来るだけでも魅力的な設定。
最初「ランボー・クラブ」というタイトルを見た時、てっきりシルベスタ・スタローンのランボー
の方だと思い込んでしまったので、まさか詩人の方だとは。嬉しい誤算でした。
ランボーの「Voyelle」という詩は実際とても面白い詩で、音読を前提に書かれた詩とも言えます。
母音の発音を色や物に置き換えるだけでも意外性があって面白いですが、音読しているのを聴くと
もっと詩の持つ意味がはっきりする。ネットでこの作品に対する作者のコメントを読んだの
ですが、作者はかつてフランス留学経験があるそうで、この詩に対する思いもかなり強いの
だそう。確かに創造力を掻き立てる詩というのは頷けるな、と思いました。ミステリでは
割と昔から頻用され使い古された感のある『色覚障害』という設定も、作者の身近な人にモデルが
いたそうで、ランボーの詩と色覚障害を無理なく作品に絡めていて巧いな、と感心しました。
・・・が、肝心のミステリの真相ですが、これがほとんど先が読めてしまった。密室の謎は
なかなか面白く読んだのですが、そこ以外の真犯人に至る経緯はほとんど読めてしまった。
伏線描写があまりにもあからさまで、そこに気付かない麻理美が歯がゆく思えたほど。普段
の私からは考えられないことですが(苦笑)。本格意識を全面に押し出した作風はとても好きなの
ですが、この真相はほとんどの人が予測できてしまうような気もするな・・・^^;
そういう意味ではミステリとしてはあまり評価できる作品ではなかった。でも、ラストはちょっと
ほろりとさせる場面もあるし、読後感は悪くなかったです。
・・・って、なんかどっちつかずの感想だなぁ^^;ミステリとしての驚きは得られなかったけど、
作品としてはなかなか面白かった・・・って感じかな。少なくとも、読んで損する作品ではない
ことだけは確かだと思います。
岸田さんのように、徹底して‘本格意識’を貫いている新人作家はなかなかいないので、
これからもこの作風を貫いて欲しいなぁと思いますね。