ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

乾ルカ/「プロメテウスの涙」/文藝春秋刊

乾ルカさんの「プロメテウスの涙」。

涼子の精神科クリニックに、発作を起すとトランス状態になり、手指を激しく動かす奇妙な動作を
する少女・あや香が訪れる。同じ頃、涼子の学生時代の親友で、明晰(めいせき)な頭脳と美貌、
そして旺盛な行動力を持つ祐美は、留学先のアメリカで「不死の患者」と遭遇していた。2度に
わたり死刑が執行されたが死に切れず、全身を癌に冒されているにもかかわらず、その男には死が
訪れない。2人が直面した奇妙な患者たちに秘められたものは何か?(あらすじ抜粋)


風邪が悪化しております・・・体調が最悪なのであらすじ抜粋で失礼します。すみません。

デビュー作「夏光」が素晴らしかった乾さんの二作目です。前作とは随分作風を変えて来たなぁ
と言う感じ。個人的にはあの雰囲気を踏襲した長編が読みたかったので少々残念ではありましたが、
読者を引きこむ筆力は健在。日本とアメリカ、二人の女性精神科医が担当する二人の患者。発作が
起きると奇妙な言動をし、トランス状態になってしまう少女と、何度死刑を実行しても死なない
死刑囚の男。全く違う二人の患者に接点はあるのか?というのが大筋。日本とアメリカ、交互に
場面は切り替わり、少しづつ両者の接点が判明していきます。なかなか緊迫感のある展開で、
それぞれの場面を読んでいる限り、クライマックスに至るまで両者にどういう関わりがあるのか
見えて来ません。ただ、どちらの場面も読んでいてあまり気持ちの良いものではありません。
日本サイドの方は、奇病を抱える子供を持つ母親が精神的に追い詰められていき、患者親子と
かつて親友であった筈の女医との信頼関係が崩れて行く過程を読むのがしんどいし、アメリ
サイドの方は、とにかく生ける屍と化した死刑囚の描写がグロすぎて気持ち悪い。このエグさが
乾さんらしいとも言えるのですが・・・^^;二人の女性精神科医がお互いを尊重し、信頼
し合っているのが伺えるメールのやりとりなんかは良かったです。しかし、日本にいる涼子
のズボラな性格はかなり自分に近いものがあり、読んでいて耳が痛くなりそうな場面がいくつも
・・・。部屋はそこまで汚くないけど、整理整頓は苦手だし、とにかく、ものぐさって所が^^;

両者の接点に関してはある意味ホラーというかファンタジーというか、リアリティはまるで
ありません。正直、結末も含めてあまりにもご都合主義的すぎるんじゃないか、とも思うのですが、
世の中には科学で解明されない不可思議なことがあると納得するべき作品なんでしょうね。

読んでいて気持ちの良い話ではありませんが、ラストは救いがあって良かったです。涼子と涼子
の患者の母親とのわだかまりが解けたのもほっとしました。何より、お互いに信頼し合う女医
二人の友情(っていうか、どっちかっていうと恋愛感情?)が良かったな。

個人的にはデビュー作のような作風の長編を期待していたのでその点は残念ではあったのですが、
読者を引きこむ筆力はやはり新人離れしていると感じました。本書を読んで、なんとなく
乱歩賞作家の早瀬乱さんの「サロメ後継」を思い出しました。あちらの方がもっと遥かに嫌な話
だったけど^^;

ちなみに、タイトルの「プロメテウス」とは、ギリシャ神話の神の名。人類に火を伝えてゼウス
の怒りを買い、生きながらに毎日肝臓をハゲタカに食われる責め苦を追わされたが、不死の身体を
持っていた為、食われた肝臓は毎日再生し、この拷問は半永久的に続けられたという。アメリ
サイドの死なない囚人をこのプロメテウスになぞらえているんですね。モローもこのプロメテウス
を題材に絵を描いているようですね。


ギュスターヴ・モロー『縛られたプロメーテウス』
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次は一体どんな切り口の作品を書かれるのでしょうか。次回作も非常に楽しみです。