ミステリ読書録

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三浦しをん/「天国旅行」/新潮社刊

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三浦しをんさんの「天国旅行」。

人生に絶望し青木ヶ原樹海で自殺を試みた明男は、自殺に失敗して気絶している所を一人の青年に
叩き起される。青年はコンパスだけで樹海を渡る演習をしているという。樹海に慣れていそうな
青年に、明男は自殺をするのに適した場所まで導いて欲しいと頼む。奇妙な死への道行きの
顛末とは――(『森の奥』)。『心中』をテーマにした7つの短編を収録。


しをんさんの新刊。今回もまたがらっと作風を変えて来ました。相変わらずいろんな引き出し
持ってる人だなぁ、と感心します。今回は『心中』をテーマにした7つの短編集。途中まで
『死』がテーマだと思って読んでいたのですが、『心中』だったと知って納得。『心中』
だって『死』がテーマには違いないのですが、『誰かと一緒に死ぬ』という点で、個人の
単独の『死』とは微妙に違う。同じ『心中』というテーマでも、これだけバラエティに
富んだ作品が書けるのか、と驚きました。全体的に陰鬱とした、ひんやりした空気を
感じたものの、淡々と物語が進んで行くのでさほど重苦しさを感じずに読むことが出来ました。
あっさりと終わってしまう話が多いけれど、どれも読み終えてみると深い。ラストの作品
だけは消化不良でしたが、その他はじわじわと迫り来る死の冷たさや怖さ、その対岸にある『生』
を感じさせる粒揃いの短編集になっていると思います。こういう作品書いても読ませてしまうのは
やっぱりさすがですね。読後感もそれぞれの作品によってさまざま。『心中』ということは、
かならず相手がいる訳で、根底にあるのは『愛』。その愛の形は愛情であったり、憐憫であったり、
あるいは憎悪であったりと、相手への思いもさまざまですが、いろんな愛の究極の形が『心中』
なのかな、と思いました。死ぬならばいっそ愛する人と共に。誰だって、一人孤独に死にたくない。
自分だけ死ぬのも嫌だし、相手を残して逝くのも嫌。『死』と向き合う状況になった時、そう
思ってしまうのは仕方ないことなのではないでしょうか『天国旅行』なんていうと明るいイメージ
に思えるけれど、表紙の絵が象徴しているように、中身は実にシビアに『心中』を捉えたダークな
作品が多かったです。『死』の形について、いろいろと考えさせられる作品集でありました。


以下、各作品の感想。

『森の奥』
青木ヶ原樹海で死のうとする中年男が一人の青年と出会い樹海を共に歩く話。途中で実際
自殺した男の死体を発見するくだりなんかはドキッとさせられました。主人公みたいな人間は
多分いくらでも世の中にいるんだろうけど、やっぱりやるせない気持ちになりますね。ラストは
ほっとした反面、青年がどうなったのかがぼかされている点が気になります。

『遺言』
死に逝く私から『きみ』への遺言。長い二人の歴史には幸せなことばかりではなかった。でも、
お互いの愛でそれを乗り越えてここまで来た。苦楽を共にし、時に心中を仄めかしながらも。
穏やかで、優しく、『きみ』への愛に溢れた遺言。切ないです。

『初盆の客』
祖母の初盆に現れた謎の青年と私との邂逅。
展開は読みやすいけれど、これは好きなお話。収録作品の中では一番明るさを感じる作品かも。
ラストのオチもベタだけど好きです。

『君は夜』
繰り返し見る夢の中に出て来る男女。二人の最後はいつも心中で終わる。これは私の前世なのか。
これはあまり好きじゃなかった。前世の夢の生々しさもなんだか嫌だったし、主人公が現実
世界で不倫をして行く過程も安易な展開で読んでいてうんざりしました。結局前世を引きずって
同じ穴のムジナになっている主人公が哀れ。これが女の性なのかもしれないけれど。

『炎』
憧れの先輩が死んだ。その死の真相を先輩の彼女だった初音と探り始める。
これも救いがないですね。途中の先輩の○○には息が止まりました。高校生が選ぶ方法かね?
と思いましたが・・・。二人の少女の関係や、少女ならではの無邪気な残酷さが巧く描かれて
いると思います。嫌なお話ではありますが、印象深い作品でもありました。

『星くずドライブ』
彼女が死んでしまった。でも、死んだ彼女は幽霊になって目の前に現れた。見えるのは僕だけ。
状況は悲惨なのに、妙にコミカル。幽霊の彼女があっけらかんとしているのと、そんな彼女を
前にしても動じずに淡々と受け入れる僕の性格ゆえ、かも。最後は彼女が消えて終わるオチかと
思いましたが、一味違いました。でも、この先どうなるんでしょうね、この二人。

『SINK』
一家心中で生き残った悦也。その事実を知っている友人の悠助のおせっかいが鬱陶しい。哀れみ
なんていらない。家族が死んだあの日、母親は悦也を生かそうとしたのか、殺そうとしたのか。
しをんさんらしいBLテイスト。って思うのは穿ち過ぎか?^^;でも、二人の友情の結末は
苦い。なんだか、その友情部分がいまいち書ききれてなくて投げっぱなしなのが気になった。
結局悠助の心理描写が書かれていないからだと思うけど。なんだか、消化不良のもやもやが
残る読後感でした。



いろんな角度から『心中』を捉えたダークな短編集。あっさりと読めてしまうのだけど、
一作ごとの完成度は高い。しをんさんの引き出しの多さが良く現れているのではないでしょうか。
全体的に暗めの作風だけど、胸に残る作品が多かったです。オススメ。



追記:記事投稿後に、『遺言』が一見、年老いた夫から妻への遺言のように思わせておいて
実は違うのではという情報を得たので、ざっと読み返してみたら確かに!!実に絶妙な言い回しで
そう思わせないように書いているのだけど、それがかえって二人の関係を裏付けている。
これは完全に○○トリックですね。やるなぁ、しをんさん。全く疑うことなく読んでました。
こんな作品でしっかり自分色を出すとは。二度読みしておいしい作品となっておりますので、
これから読まれる方は、是非、深読みして読んでみて頂きたいです(笑)。