ミステリ読書録

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吉田修一/「横道世之介」/毎日新聞社刊

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吉田修一さんの「横道世之介」。

横道世之介
長崎の港町生まれ。その由来は『好色一代男』と思い切ってはみたものの、限りなく埼玉な東京に
住む上京したての18歳。嫌みのない図々しさが人を呼び、呼ばれた人の頼みは断れないお人好し。
とりたててなんにもないけれど、なんだかいろいろあったような気がしている「ザ・大学生」。
どこにでもいそうで、でもサンバを踊るからなかなかいないかもしれない。なんだか、いい奴。
――世之介が呼び覚ます、愛しい日々の、記憶のかけら。名手・吉田修一が放つ、究極の青春小説!
(あらすじ抜粋)


昨年の本屋大賞候補作にして(惜しくも受賞ならずでしたが)、巷の評判もすこぶる良かった
ので、読んでみたいと思っていた作品。吉田作品は悪人に続いて二作目。でも、『悪人』
とは180度作風が違うと言っても過言ではないのではないでしょうか。いやでも、すごく
面白かった。読み終えて『いい小説読んだ』って素直に思える作品なのは間違いないと思う。
とにかく、主人公のキャラ造形が斬新。一見、ほんとに平凡な田舎から上京して来た、普通~の
大学生なんですよ。ちょっとお人好しだけど、全くの天然ボーイって訳でもなく、高校生の時
は普通に同級生とその年頃の高校生らしい交際をした経験もあって。つまり、まぁ、やりたい
盛りの交際って意味ですけど。でも、やっぱり基本的には田舎育ちののんびりとした気質で、
頼みごとを断れないようなお人好しで、世間の荒波に揉まれていない普通の青年。そんな世之介
の大学生活を追いながら、時折カットバック的にこの時期に世之介と関わった人々の現代の姿が
描かれていく構成。世之介と関わった人々の20年後は、それぞればらばらの人生を歩んで
いて、世之介との接点がある訳ではないのだけど、どの人物も、ふとした瞬間に彼のことを
思い出して懐かしく、温かい気持ちになるのです。それほど強烈に彼のことを覚えている人間
がいる訳でもないのだけど、みんななぜか彼のことを思い出すと笑顔になれる。なんとなく
面白い奴がいたな、と記憶の片隅に残る、そんな人物。なんてことのないエピソードなのに、
世之介がいるってだけでなんだかくすりと笑えてしまう。多分、読む読者のほとんど全員が、
彼のことが好きになるんじゃないかな。共感出来るところばかりでもないのだけど、彼がやると
全然嫌味がないというか、憎めない。それほど好きでもないのに、なんとなくお嬢様と付き合い
始めちゃったり、クーラーがあるってだけで、さほど仲が良い訳でもなかった同級生の部屋に
我が物顔で入り浸ったり、全く面識のない人間に、自分の恋愛話を突然語りだしたり。非常識な
ところもたくさんあるのに、世之介がやると笑えちゃうんですよね。全く悪気なくやっている
からかなぁ。それぞれのエピソードも、これ以上やったら『嫌な奴』になるギリギリ手前のこと
だったりするから、悪印象を与えないんでしょうね。その書き方が絶妙というか、巧いなぁ!と
思いました。
だいたい、晴れの大学生活でいきなりサンバサークルに入っちゃう辺りからして、ズレてて
笑えます。ずっと幽霊部員だったくせに、いざ踊り始めたらハマっちゃうし(笑)。世之介が
衣装の羽つけて腰振りながらサンバを踊る場面を想像したらもう、可笑しくて可笑しくて。
ひとりでニヤニヤしちゃいました(笑)。

脇役のキャラ造形もみんな良かったですね。なぜか成り行きで世之介とサンバサークルに
入ることになっちゃう倉持と阿久津唯、クールで同性愛者の加藤、世間知らずのお嬢様祥子・・・
それに、サバサバしてて明るい世之介の家族たちも。
彼らと世之介との何気ないエピソードに、呆れたり笑ったり、たくさん楽しませてもらいました。




以下、結末に関してのネタバレがあります。未読の方はご注意ください。
















でも、読み進めていって、世之介という青年が好きになって行く反面、現代パートで次第に明らかに
されて行く彼の身の上に起きた出来事に、ショックを受けない人はいないと思います。何かの間違い
であって欲しいと願いながら読んでいたのですが・・・願い叶わず。でも、彼がなぜとっさに
ああいう行動に出たのか、最後にその原因となるエピソードが明かされて、ああ、彼らしいなと、
すとんと腑に落ちました。母親から祥子に宛てた手紙が切なかったです。母親は誰よりも世之介の
ことをわかっていて、誰よりも自慢の息子だと誇らしげに思っていたのでしょうね・・・。あの
明るい世之介の母親が、こんな辛い現実を受け入れなければいけないということが、何より悲し
かったです。

それはそうと、祥子の20年後の姿に一番ビックリしました。あのお嬢様がこんなにたくましく
成長するとは・・・やっぱり、世之介とのあのひと夏の経験が彼女を変えて行ったのでしょうね・・・。
もちろん、家の事情で逞しく生きることを余儀なくされたというのもあるでしょうけれど。
















最初タイトル聞いた時は、時代錯誤な名前に『時代もの?』と一瞬思ったりもしたし、面白そう
とも思わなかったのだけど(^^;)、読んで良かったです。
構成とキャラ造形がとても良かったですね。読み終えて悲しさもあるのだけど、余韻の残るラスト
で、『ああ、いい本読んだ』と思わせてくれる作品でした。
きっとみんな、読んだら世之介のことが好きになるんじゃないかな。作中で彼と出会った人々同様、
彼とこの作品で出会えて良かったって思える筈です。