ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

有川浩/「明日の子供たち」/幻冬舎刊

イメージ 1

有川浩さんの「明日の子供たち」。

諦める前に、踏み出せ。
思い込みの壁を打ち砕け!
児童養護施設に転職した元営業マンの三田村慎平はやる気は人一倍ある新任職員。
愛想はないが涙もろい三年目の和泉和恵や、理論派の熱血ベテラン猪股吉行、“問題のない子供”
谷村奏子、大人より大人びている17歳の平田久志に囲まれて繰り広げられるドラマティック長篇
(紹介文抜粋)。


有川さん最新作。今回は児童養護施設が舞台です。元営業マンの三田村慎平は、児童養護施設
取り上げたテレビのドキュメンタリー番組に影響を受け、意気揚々と児童養護施設『明日の家』
新任職員としてやって来ます。志は高いつもりでしたが、しょっぱなから先輩職員に叱られ、施設で暮らす
女子高生ともうまく行かず、前途は多難。それでも慎平は、持ち前の明るさとめげない性格で、職歴
三年の女性職員の和泉や、クールなベテラン職員猪俣に助けられて、少しづつ仕事に慣れ、生徒たち
とも打ち解けて行く――誤解と偏見の多い児童養護施設の実情と現実を描いたヒューマンドラマです。
児童養護施設といえば、少し前に芦田愛菜ちゃん主演のドラマで話題になりましたよね。本書の中でも、
あのドラマ(作中ではタイトルが変わっていますが、明らかにあのドラマのことだとわかる)についての
言及があります。実は私は一度も観ることなく終わっちゃったのですが^^;賛否両論ありましたよね。
施設側からすると、やはり施設の誤解を受けるような内容であり、忸怩たる思いだったようです。
ただ、ああいうドラマで取り上げることで、施設のことをたくさんの人に知ってもらえるきっかけに
なったことは良かったことだと捉える方もいるようです。

児童養護施設の子供たちを一概に『かわいそう』と決めつけてしまう大人たち。そういう大人たちに
向けて、本書は書かれたのだと思う。確かに、施設の中には、自分をかわいそうだと思っている
子供もいるでしょう。けれども、そうじゃない子供もたくさんいる。本書に登場する、『問題のない
子供』の代表である谷村奏子は、少なくとも、母親と自宅で暮らしている時より、施設に来てからの
方が遥かに幸せに暮らせているのです。ちゃんと三食食事が出て、寝る部屋があって、少ないながらも
おこずかいももらえて、被服費だって年三万までは出してもらえる。少々厳しい規律はあるけれど、
それを守ってさえいれば、人間らしい暮らしが保証されている。施設に暮らす子供はほとんどが
家庭に何らかの事情を抱えています。親からの育児放棄、DV、天涯孤独・・・多くの子供たちに
とって、施設での暮らしの方がずっとましなのです。そういう子供たちを『かわいそう』だと
上から目線で憐れまれるのは、彼らにとっては耐え難い屈辱なのです・・・。

有川さんは、そうした施設に対する偏見を少しでも無くしたい、きちんとした内情を知って欲しい
という願いを込めて、この作品を書いたのでしょう。本書のラストに出て来るある手紙は、おそらく
有川さんご本人が同じようなものをもらったのでしょうね。その手紙がきっかけで、この作品が
生まれたのではないかと思います。そうした手紙を読んで、その思いに応える有川さんがすごいな、と
思う。そういえば、『県庁おもてなし課』も、『空飛ぶ広報室』も、きっかけは相手側サイドからの
申し出から始まっていたのではなかったでしたっけ?有川さんとしては、書く題材がもらえて嬉しい反面、
きちんと正確に情報を伝えないといけないというプレッシャーもあるんじゃないのかなぁ。

施設の子供の進学問題には胸が痛みました。施設の子供は、職員から進学より就職を勧められる。
それは、進学したいと望んでも、学費の問題で必ず躓いてしまうから。奨学金制度を使っても、
結局最終的には借金を返せず、いかがわしい仕事に手を出したりして身を持ち崩してしまう子供が
多いから。彼らが生きて行く為には、就職して自活出来るようになるのが一番なのだという現実。
親を頼れないことが、これほど人生の選択を狭めてしまうものなのかと悲しくなりました。

厳しい施設の内情を軸にしながらも、職員や生徒たちの日常や恋愛も絡めて、重くなりすぎない
エンタメ作品に仕立てているところはさすが有川さん。
いろんなことを考えさせられる作品です。
施設の子供たちは、明日の子供たち。彼らに投資することが、明日の社会への投資なのだという
訴えが胸に響きました。施設の子供たちが、施設を卒業してからも心の拠り所になれるような場所を
提供することの重要性。子供たちのその後のケアーがとても大事なのだと気付かされました。本書に
出て来た、『サロン・ド・日だまり』のような場所が、もっともっと行政で認められるといいな、と
思いました。

有川さんらしい恋愛パートはかなり少なめ。慎平と和泉、奏子と久志のそれぞれのその後が気になる。
奏子たちはともかく、慎平の方は相当頑張らないと難しいかもしれないなぁ(苦笑)。でも、なんだ
かんだでいいコンビのような気がしなくもなかったです。失敗してもめげずに前へ進もうとする
慎平の前向きさは、和泉でなくても好ましく映りましたもの。

いろんな要素が詰まっていて、とても読み応えありました。面白かったです。
でも、そろそろ有川さんらしい直球のラブコメなんかも読みたいなぁ。最近は社会的な、テーマ性のある
作品が多いから、なかなか恋愛部分を組み込めないんでしょうけども。やっぱり、有川さんの
基本はラブコメであって欲しいと願う、いち読者なのでした。