ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

東野圭吾/「人魚の眠る家」/幻冬舎刊

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娘の小学校受験が終わったら離婚する。そう約束した仮面夫婦の二人。彼等に悲報が届いたのは、
面接試験の予行演習の直前だった。娘がプールで溺れた―。病院に駆けつけた二人を待って
いたのは残酷な現実。そして医師からは、思いもよらない選択を迫られる。過酷な運命に苦悩する
母親。その愛と狂気は成就するのか―(紹介文抜粋)。



東野さん最新刊。作家デビュー30周年記念作品だそうです。おめでとうございます(笑)。
テーマは非常に重いです。脳死と臓器移植。知らないこともたくさんあったので、
いろいろと勉強になりましたし、非常に考えさせられる作品でもありました。
ハリマテクスという事務機器メーカーの社長・播磨和昌は、自分の浮気が原因で
妻の薫子とは夫婦仲が冷えきり、広尾の自宅を出て一人暮らしをしていた。
薫子との話し合いでは、娘の瑞穂の小学校受験が終わるまでは仮面夫婦を続けることに
なっていた。
しかし、受験の為の模擬面接の直前、播磨夫妻に悲劇の情報がもたらされた。
瑞穂がプールで溺れ、病院に運ばれたというのだ。病院に駆けつけた二人に
つきつけられたのは、瑞穂の脳が再び機能することはないだろうという残酷な
事実だった。動揺する二人に、医師は更なる過酷な選択を迫り――というのが大筋。

妻の薫子は、いかにも東野さんのヒロインらしいキャラ造形って感じがしました。
娘の為とはいえ、彼女の言動はちょっと常軌を逸したものが多く、あまり好感は
持てなかったです。母は強し、というのを体現したような人ではあると思うの
ですが・・・。 
私が薫子の立場になったら、こんな風に強くあることが出来るだろうか、と
考えると・・・うーん、正直、とても出来ないだろうな、と思いましたね。
私に子どもがいたら、また全然感想が違ったかもしれませんが。

日本における脳死と臓器提供というのは、非常にいろんな問題を含んでいるのだな、と
思わされましたね。海外で臓器移植を受ける時の桁外れの高額な医療費の理由とか。
なんであんなに高いのかな、とは思っていましたが、理由を知ってなるほど、と
思いました。
日本と海外では脳死に対する意識が全く違うということも、今回改めて勉強に
なりました。東野さんもたくさん取材されたのでしょうね。
脳が機能していなくても、心臓が動いていのだから娘は生きている、と考える
薫子の考え方は理解出来ます。心臓が動いているのに、延命措置を断ち切って
臓器提供に踏み切るというのは、なかなか身内の立場で決断出来ることじゃないと思う。
心臓が動いているのなら、万に一つの可能性でいつか目が覚めるかもしれない、と
希望を持ちたくなってしまうのは、人として当然の感覚なのだろうと思いますし。
そこで割りきって臓器提供に同意すれば、誰かの命が助かるのかもしれないけれど・・・。
私だったら、そんな風に割りきれない気がするなぁ。大切な人にこそ、生きていて
欲しいと思ってしまうのじゃないだろうか・・・例え、目を覚まさなくても。
だって、体を触れば温かいのだもの。

終盤、薫子がとった行動には息を呑みました。気が狂ったとしか思えなかったです。
でも、彼女は恐ろしく計算高い人間でした。これぞ、東野ヒロイン。ファム・ファタール
正直、その行動は突飛すぎるし、警察まで巻き込んではた迷惑でしかなく、共感どころか
嫌悪しか覚えなかったけれども、そこまで出来る彼女の強さに圧倒されました。

ミステリー要素はほとんどない作品ですが、第四章の『本を読みに来る人』
新章さんの存在にはすっかり騙されてしまいました。『ユキノちゃんを救う会の活動に
参加した理由は、てっきり播磨家に対する敵意からだと思っていたので・・・
彼女の言動にはムカムカしていたのだけれど。
まさかああいうからくりだったとは。この章だけはしっかりミステリ作家らしい仕掛けが
効いていて、意表をつかれました。いろんな意味で騙されました。

冒頭に出て来る少年の意味深なプロローグが、一体どうやって繋がるのか最後まで
わからずにいたのですが、最後読んで納得。正直、都合良すぎるとは思いましたが、物語
の落とし所としては、これはこれでいいのかな、と。

脳死は人の死なのか?という難しい問題に深く切り込んだ作品だと思います。
それほど大きな事件が起きる訳ではないけれど、人間心理に迫った力作だと思います。
ただ、好きかというと、そんなに好きな作品ではないかなぁ。登場人物にあんまり
共感出来なかったのが敗因かも^^;

私が思うに、この作品で一番可哀想だったのって、瑞穂の弟の生人じゃないかと思う。
姉があんなことになって、親はほとんど姉の世話にかかりきりになって。祖母が面倒
見てくれてるとはいえ、寂しかったんじゃないのかな。一番親の愛情が必要な頃だろうに。
挙句、小学校に上がったら親は周囲から変人扱いで、自分はああいう状況になっちゃって。
誕生日のシーンが可哀想で切なかったな。彼の悲痛な叫びに胸が痛くなりました。
姉のことが解決した後は、幸せな人生が待っていると良いのだけれど。もともと優しい子
なのだもの。あのまま、真っ直ぐに育って欲しい。そして、姉の分まで幸せになって欲しい
と願ってやみません。