ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

吉田修一「続横道世之介」/桂望実「オーディションから逃げられない」

こんばんは。桜咲き始めましたね。私の地元の方ではソメイヨシノはまだまだ蕾状態
ですけれど。今年は4月から相方が異動することになり(普通に自宅から通える場所
なのでさほど生活に変わりはありませんが)、ちょっとばたばたしているので、
ゆっくりお花見する時間はないかもしれないなぁ。まぁ、職場の真ん前に遅咲きの
ソメイヨシノがあるので、仕事しながらお花見しようと思えば出来るのですけどね(苦笑)。


読了本は今回は二冊です。


吉田修一「続横道世之介」(中央公論新社
随分と前に横道世之介の続編が連載されるらしい(されてるらしい?)との情報は
目にしていたのですが、前作のあのラストからどうやって続編を書くつもりなのだろうかと
かなり不思議に思っていました。こうして実際出版された作品を手に出来て、とても嬉しい。
読む前は、続編じゃなくて前日譚とかになるんじゃないの?と思っていたのですが、
読んでみて、確かにこれは続編としか言いようのない作品でした。こういうやり方が
あったのかー!と目からウロコ状態。吉田さん、よく考えたなぁ。こういう書き方
ならば、もう何冊か、続編書こうと思えば出来ますよね。もっともっと世之介に
会いたいので、もう少し書いてくれないかな。
前作の世之介は大学生で、合間に世之介と関わった人々の現在の姿が描かれる形
でした。その形は今回も健在でして、今回の世之介は前作よりも少し時が進んで、
大学を卒業して就職活動するところ。合間にはまた、世之介と関わり合った人々の
現在が描かれます。現在パートも当然ながら前作よりも時間が進んで、現在というより、
リアルタイムより更にちょっと進んで、東京オリンピックパラリンピックが開催される
前後になっています。それは、世之介に関わったある人物が、東京オリンピックと関わりが
あるからなのですが。
さて、大学を卒業した後の我らが世之介は、就職活動をゆるく続けているのですが、
当人の努力不足と就職氷河期の影響で全く内定をもらえず、だらだらと日々を
過ごしています。大学時代最後に住んでいたアパートは学生専用だったので、卒業した
世之介が住み続ける事はできず、池袋のワンルームマンションに引っ越しています。
池袋に引っ越してから世之介は、いくつかの出会いを経験します。行きつけの理髪店で
寿司職人志望の浜本と、友人のコモロンのアパートに遊びに行った時に、向かいの
マンションの子持ちシングルマザーの桜子と、その桜子繋がりで息子の亮太、
彼女の父親の重夫、兄の隼人と、世之介の人生において重要な人々との出会いが
訪れます。出会った人々は誰もが、飄々とした世之介のことを後に何度も思い出し、
温かい気持ちになるのです。
就職もできずにだらだらとバイトで食いつないで、友人のコモロンのお金でアメリ
旅行に行ってみたり、私生活はてんでダメダメな世之介ですが、なぜかどんなことにも
一生懸命で、どんな時にも誰に対しても善良でいるが故に、誰からも憎まれないという、
なんとも特殊な性格は健在で、やっぱり世之介って面白いヤツだなぁと思わされました。
世之介がプロポーズまでした女性がいたとはビックリしました。もし、本当に結婚して
たらまた彼の人生は変わっていたのかな・・・。亮太との関係も好きだったのにな。
世之介って、多分身近にいたら、相当イラッとさせられるだろうけど、やっぱり根が
どこまで行っても善良で嫌味がないから、なんだかんだで許せてしまうし、憎めない
だろうなと思う。それはやっぱり、世之介のことを心から愛してくれている両親の
育て方が良かったからじゃないかな。きっと人の良さが遺伝しているんだろうね。
ただまぁ、私生活がだらしないのだけはいかんともしがたいのだけれど^^;でも、
慣れない自動車工場の単調な仕事も、文句を言わずに淡々とこなす辺り、仕事に
対してだらしない訳じゃない。基本的には真面目なんですよね。ただ、流されやすい
だけでね。もし、ちゃんと会社に就職していたら、それはそれで目の前の仕事を
真面目にひたむきにこなしていたと思う。そういう世之介の真面目な部分を評価
してくれる会社がなかったのはとても残念。世之介みたいな性格の人材が一番、
どんなジャンルの仕事でも重宝されると思うんだけどな。
終盤、世之介の例のニュースをみんなが知る場面は、わかっている事実とはいえ、
やっぱり辛かったです。その頃には世之介と関わっていなくても、やっぱりその
事実を聞いた誰もがショックを受け、信じられなかったと思う。
それでも、ラストはやっぱり心温かい気持ちになりました。葉書の文面に泣きそうに
なりましたし。きっと誰もが、そこに本人がいなくても、いつでも身近な存在に
思えるのが世之介という人物なんでしょう。彼と出会えた人はみんな、心に優しく
温かな光をもらえるんじゃないかな。
ダメな所もいっぱいあるけど、やっぱり横道世之介が大好きだな、としみじみ
思わせてくれる良作でした。


桂望実「オーディションから逃げられない」(幻冬舎
桂さんの最新長編。人生はオーディションの連続だ、という主人公、渡辺展子の
半生をインタビュー形式で描いた作品。
幼い頃から他人と比べて『ついてない』と思って来た展子。中学では、同じ渡辺姓
でも、美人の久美と親友になり、いつも彼女と比べられてみじめな思いをしていた。
高校では同じ美術部のクラスメート、高田詠子の方が奇抜な絵なのに評価された。
就職活動でも、デザイン専門学校の友人四人の中で、展子だけが内定をもらえない。
結婚しても、幸せは長く続かず、夫の会社が倒産してしまう――人生の各ステージで
『選ばれなかった』展子が、最終的にたどり着く結末とは。
人生がオーディションの連続、というのは言い得て妙という感じがしますね。
どんな時でも、選ばれる人生と選ばれない人生がある。ただ、今回の主人公、展子は、
人生のステージにおける各オーディションで『選ばれなかった』『ついてなかった』
と思っているようですが、読んでみると、全然そうでもない。苦労したけど就職出来てるし、
結婚出来たし、子供も出来たし、親友もいるし、優しい父親もいる。母親を幼い頃に
亡くしたのは、確かについてないことなのかもしれないですけど。なんか、ないもの
ねだりな感じが鼻について、あまり好きになれないヒロインでした。特に、包装
メーカーを辞めて父親のパン屋を継いだ後、経営が軌道に乗って店舗を広げて行く辺りの
展子のトゲトゲした性格にはほとほと嫌気がさしました。確かに、展子の夫・太一の性格は、
私も度々イラッとさせられたりしましたけど、彼のことを端からバカにした態度の展子
の言動にはもっとイライラさせられました。従業員に対する態度も最悪でした。
展子は全く間違ったことは言っていないのだけれど。でも、あんな態度の上司がいたら、
誰だって仕事したくなくなりますよ。それを、太一や綾子が気づかせてあげようと
必至に言葉を重ねていても、全く耳に入っていないし。展子が一番ついてなかったのは、
たくさんのいい人に囲まれていたのに、それに気づかなかったことでしょうね。
でも、終盤ではいろんな要素が重なって、自分がどれだけ温かい人々に囲まれて
幸せだったか気づけた。そこから原点に戻った展子のことは、ちょっと好きに
なれました。太一とも、娘の恵とも、これからはいい関係が築けそうですね。
作品がインタビュー形式になっているので、誰を相手に話しているのかな、と思って
いたのですが、ラストを読んで納得。美人だけど幸せとは縁遠そうな久美の夢が
実現されたとわかって嬉しかったです。
人生は、いつだって遣りなおせる、と言った万里子の言葉が胸に響きました。
遣りなおせない彼女がそれを言うからこそ。展子は、本当にいい友達に恵まれて
いたんですよね。
ついてないことだって、見方を変えれば楽しめるようになれる。私もそんな風に前向きに
生きて行けたらいいな、と思いました。