ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

近藤史恵「みかんとひよどり」/瀬尾まいこ「傑作はまだ」

近藤史恵「みかんとひよどり」(角川書店
近藤さんの最新作。お料理とワンコが大好きな(多分)近藤さんらしい一作。
ビストロ・パ・マルシリーズは正統派なフレンチ・ビストロが舞台ですが、
こちらはジビエ料理をメインに出すフレンチビストロのシェフのお話。
パ・マルの三舟さんみたいな人気店のシェフではなく、いくつものお店を潰して
試行錯誤して来た悩める青年、潮田亮二が主人公。相棒は、イングリッシュ
ポインターという犬種の雌犬、ピリカ。レストラン・マレーの料理人になって
半年の潮田は、以前雇われシェフとして二軒の店を潰し、自分で始めた神戸の店も
うまく行かずに借金が嵩んだだけだった。レストラン・マレーのオーナーの好意で
この店を始めたものの、客足は伸びず、毎日SNSの自店の評判をチェックしては
落ち込む日々だった。そんな中、オーナーの好みのジビエ料理をメニューに
載せたいと思っていた潮田は、ピリカを連れて狩猟に出ることに。しかし、
慣れない山で道に迷い、遭難してしまう。死をも覚悟し始め、途方に暮れて
いたところ、たまたま通りかかった猟師の大高と彼が連れていた北海道犬
マタベーに助けられる。一晩世話になり、大高が定期的に野生動物を狩って
いることを知った潮田は、後日、再び彼の元を訪れ、自分の店に彼の獲物を
卸してもらえないかと頼む。しかし、あっさり断られてしまう。大高は、
面倒くさいことはやりたくない、人生を複雑にしたくないという。しかし、
数日後、大高の自宅が火事に遭ってしまい――。
無愛想で何を考えているのかわからない大高と潮田の関係が少しづつ
良くなっていくところが良かったですね。大高が人間に対してはぶっきらぼう
なのに、ピリカやマタベーには優しい顔をするところもツボでした(笑)。
潮田が作るジビエ料理は普通のフランス料理で出て来るのとはちょっと
違っていて、どれも味の予測がつかない感じがしました。まぁ、普段イノシシ
やら鹿やらヒヨドリなんて食べることもないから、当たり前ではありますけど(笑)。
ちょっとクセはありそうだけど、食べてみたい。ジビエ料理はもちろん何度も
食べたことがあります。昔、母と行った新宿のフレンチのランチでウサギを食べた
のはすごく印象に残ってます。母もその時の味が忘れられないみたいで、
いまだにその時の話が良く出ます。今はもうなくなっちゃったお店なんですけどね。
ウサギを食べたのは後にも先にもその時だけかも。フランス行った時も食べて
ないんじゃないかな?フレンチではよく使う食材みたいですけどね。
猪は、ぼたん鍋が有名だけど、フレンチでも使うんですね。本場でも使う
のかな??
一応ミステリ的な要素も含まれてはいるのだけど、そちらはさほど驚くべき
ことはなく。大高の家に放火した人物もあっさり判明しちゃうしね。そちらの
解決部分はもうちょっとひねりがあっても良かったような。あと、大高が
なぜそこまで俗世間から離れて暮らしたがっているのか、その辺りの背景が
いまいちぼかされたままだったので、そこはちょっともやもやしたな。
でも、ラストで二人の関係が今後も続きそうなことがわかって嬉しかったです。
みかんをお腹いっぱい食べたヒヨドリ、どんな味なんだろう。食べてみたい~。
この終わり方は、続編を想定しているのかな?彼らの続きの物語、また読んで
みたいです。


瀬尾まいこ「傑作はまだ」(エムオン・エンタテイメント)
本屋大賞受賞後第一作。今回も、とっても素敵な家族の物語です。本屋大賞作は
血の繋がらない家族の物語だったけれど、こちらは血は繋がっていても、
生まれてから25年間一度も会ったことがなかった父と子の物語。
小説家の加賀野の元に突然現れたのは、25年前生まれてから一度も会った
ことがなかった息子の智。養育費は毎月10万成人するまで払い続けて
いたものの、対面したことは一度もなかった。しかし、養育費を払う代わりに、
智の母親からは必ずその時撮った智の写真が一枚送られて来ていたから、
彼の顔だけは知っていた。その息子が、突然目の前に現れ、しばらく
一緒に住まわせて欲しいと言って来た。戸惑う加賀野だったが、部屋は
余っていたし、押し切られてなし崩し的に奇妙な同居生活が始まることに。
人と会うことのない半分引きこもりのような加賀野の生活は、智との同居
によって一変されて行くことに。なぜか勝手に自治会にも加入させられ、
徐々に近所の人とも交流するようになっていく。人の懐に入り込むのが
巧い智に調子が狂いっぱなしで、最初は戸惑うばかりだった加賀野だが、
息子との同居が次第に加賀野の気持ちを変化させて行く――。
いやー、今回もほんと良かったです。血が繋がっていても、25年間
一度も会ったことがない息子との同居生活。人嫌いの加賀野が、智や
智のバイト先のコンビニ店長、ご近所の森川さんご夫婦との触れ合いに
よって、次第に他人と心を通わせ合うことの嬉しさや温かさを知って、
少しづつ変わって行くところが本当に丁寧に描かれている。今回も、
素敵なシーンがてんこ盛り。薄い本なのに、これだけいいシーンを盛り込める
って、瀬尾さんってやっぱりすごい人ですよ!森川さんとのやり取り
大好きだったなぁ。鍋の材料買いに行って、なぜか鍋だけじゃなくて、
いろんなものをくれたり。でも、その森川さんの親切に答えようと、
夫婦ふたりのところに10個の大福を持って行く、加賀野のちょっと
ずれたお返しにも微笑ましい気持ちになりました。しかも奥さん入れ歯
でお餅系食べられないっていう(笑)。森川さん、残りの大福どうした
のかなぁ。ご近所に配ったのかな(笑)。
智を喜ばせようと、加賀野がカフェオレ大福を買うシーンも可笑しかった。
なんか、ズレてるんだけど、可愛いやっちゃなーって感じ。智の
冷静な返しも面白かったし。
美月と加賀野の両親の関係も素敵だったな。加賀野は、25年前、もっと
美月のことをちゃんと見るべきだったんじゃないのかなぁ。
不思議だったのは、美月がずっとその後独身だったこと。美人だったし
若かったんだから、いくらでも再婚相手いたんだろうにね。かといって、
加賀野をずっと想ってたとかはなかったみたいだし。きっとほんとに、
智が生活のすべてになってたんだろうな。自分の恋愛なんかどうでも
良くなっちゃうくらいに、子育てに夢中になっていたんだろうな。
智が出て行ってしまってからの加賀野のことがちょっと心配だったのですが、
その後の関係を知ってすごく嬉しい気持ちになりました。ご近所さんとの
関わりも更に進化していてちょっとびっくり。加賀野の変化に微笑ましい
気持ちになりました。智みたいないい息子がいてきっと誇らしい気持ちに
なってるのでしょうね。智は本当に、加賀野の一番の傑作なんじゃないかな。
美月の育て方が良かったのは間違いないですね。ってことは、加賀野って
いうより美月の傑作というのでしょうけれど。きっと、加賀野への
恨みつらみなんか、少しも言わずに育てたんじゃないかな。加賀野の小説
はずっと読んでくれていたみたいだし。25年全く繋がらなかった家族が、
25年後にまたひとつに繋がったことが嬉しかったです。
智がこれからどんな人生を送るのかもちょっと気になります。元の職に
戻れる日が来ると良いけれど。きっと智には向いている職業だから。
もちろん、コンビニ店員も向いているとは思うけれど。
智がバイトしているローソンのからあげクンがめっちゃ食べたくなりました(笑)。