ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

片瀬チヲル「カプチーノ・コースト」(講談社)

王様のブランチで紹介されていて、興味を惹かれたので借りてみた作品。理由

あって二ヶ月間会社を求職している早柚は、休職期間残り一ヶ月というところで、

ふとしたきっかけで地元の海岸のゴミ拾いを始めることに。始めてみると、海岸

には実に様々なゴミが落ちていることに気づく。毎日ゴミを拾っているうちに、

海岸で同じように清掃活動する人々とも出会うようになった。一期一会の人も

いれば、何度も出会う人もいて、いい人もいれば心無い言葉で早柚を傷つける

人もいる。早柚はゴミを広いながら、少しづつ自分を見つめ直して行くことに――。

主人公が海岸でのゴミ拾いを通して、自分の生き方を見つめ返すひと月を描いた

作品。ボランティアでビーチクリーンをしながらいろんな人に出会い、その都度

何らかの気づきを得る、という作品なのかと思いきや、主人公はそれほど何かを

学ぶ訳ではなく、物語は淡々と過ぎて行く。題材はなかなか面白いと思ったけれど、

その題材を上手く処理しきっているかというと・・・ううむ。もう少し、主人公

が成長出来る作品だったら良かったかなぁと思う。ちょっとした他人の一言に

傷ついて殻に閉じこもってしまうような性格なので、ゴミを拾ったくらいで前向き

になるのは無理なのでしょうが、せっかく良いことをしているのだから、

もう少し自分の行動に自信を持ってやっても良いんじゃないかなぁと思いました。

「それで何か変わるんですか?」なんて、やりもしない人間から言われたところで、

傷つく必要なんてないのに。ゴミがひとつなくなれば、少なくとも、そのゴミを

踏んで怪我をする人はいなくなる。また新たなゴミが絶え間なく打ち上げられてきて、

キリがないことかもしれないけど、やらない善行より、やる善行の方がずっとずっと

誰かの為になる。だから、早柚のやっていることは十分立派なことだと思う。報酬

もらう訳でもないんだから。自己満足だろうが、やった人の方が千倍偉いのだから。

もっともっと胸張って反論して欲しかった。

いや、私も似たようなタイプだから気持ちはわからなくもないんだけど。言いたい

ことがあっても、なかなか思うように自分の意見が言えないタイプ。心の中では

いろんな反論があるんだけど、とっさに相手から強く言われると、結局言い返せず

に後で後悔する羽目になっちゃう。冷静に考えれば、相手が酷いことを言っている

ことがわかるのに、言いくるめられてしまうというか。だから、何となく自分を

見ているようで、やりきれない気持ちになったのかもしれないです。早柚の

ビーチクリーンに賛同してゴミ拾いを手伝った青年が、本当の目的は、仲間とやった

バーベキューのゴミを海岸ゴミと一緒に捨てたかっただけだったとわかった時は、

怒りで震えました。自分たちが出したゴミなら持って帰れよ!って言いたくなり

ました。W杯や先日のWBCで、スタジアムや球場のゴミを拾うファンの人々の行動が

世界的に称賛されましたが、こういう不届きな若者たちがまだまだたくさんいる

のが現状だと思います。渋谷のハロウィーンの後とか河川敷のBBQの後とか酷い

ですもんね・・・。

それでも、早柚が海岸で出会う人間は、悪い人ばかりでもないのが救いでした。

ビーチクリーン向きのシリコンラバーがついているトングをくれた中年女性や、

風で舞う砂から鼻や口を守るようにハンカチを貸してくれたタップダンスを練習

する男性、海岸でのゴミ拾いに関していろんなことを教えてくれた昔カメを飼って

いたというお姉さん。海岸でゴミ拾いをしたからこそ生まれた交流は、確実に

早柚の気持ちをほぐしてくれたのではないかな。ただ、そういう交流があったにも

関わらず、結局休職が明けた後で早柚がどう生きていくのか、その答えは見つから

ないまま。作者は一体何を目指してこの物語を書いたのだろうか。何だかよく

わからないまま物語は終了。もう少し早柚自身が前向きになれるような終わり方で

あって欲しかった。このまま復職しても、結局何ひとつ早柚の会社での立場は

変わらないままなのでは?とうよりむしろ、二ヶ月間も休んだことで、居場所が

なくなってしまって、扱いづらい人物認定されているだけなのでは。せめて早柚の

心の持ちようが変わっていれば溜飲が下がったと思うんですが、大してそれも

なさそうだったし。何だかなぁ、って思ってしまった。

ビーチクリーン活動の内情はよくわかって興味深かったのだけど、ただそれだけの

作品になっていたのが勿体ないな、と思いました。題材は良いので、もう一歩

踏み込んで書いて欲しかったかな。