ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

皆川博子/「倒立する塔の殺人」/理論社刊

皆川博子さんの「倒立する塔の殺人」。

太平洋戦争末期、ミッションスクールで「倒立する塔の殺人」というタイトルの小説を
回し書きしていた女生徒の一人が謎の死を遂げる。死んだ女生徒と仲が良く、都立の高等
女学校に通っている三輪小枝から相談を受けた同級の阿部欣子は、女生徒たちが回し書きして
いた小説を読み、何が起こったのかを追い始める。戦時下で起こる女学生たちの壮麗な学園
ミステリー。ミステリYA!シリーズ。


皆川博子さんがミステリYA!で書かれると聞いて、とても楽しみにしていた一冊。皆川
さんといえば、「死の泉」。というより、私がそれしか読んでないからですが^^;何年か
前のこのミス1位を獲得した、ナチスドイツの施設『生命の泉(レーベンスボルン)』
を舞台にした壮大なスケールの傑作長編ミステリー。海外ものが苦手なもので、多少苦戦した
所もあったものの、大変面白く読んだ作品でした。ただ、それ以降なぜか装丁やらタイトルやら
とっても惹かれるものばかりなのに、読むのに気力が要りそうな気がしてなんとなく手が出て
いない作家さんでもありました。今回はYA向けなので入りやすいかな、と久々の皆川作品に
ワクワクしながら読み始めました。

ただ、私はあまり戦時中を舞台にした作品が好みではありません。目を背けてはいけない題材
だというのはわかるのですが、やはり、読んでいて重苦しい気分になってしまうからです。
本書はそんな戦争末期の女学校が舞台。それでも、本書の戦時下ならではのエピソードの数々に
知らず知らず引き込まれていました。冒頭の、語り手である阿部欣子の家族や友人が何の前触れ
もなくあっけなく死んで行った事実を坦々と伝える描写に、余計戦争というものの怖さを感じました。
死があまりにも日常にある生活。昨日一緒にいた人間が翌日にはいなくなってしまっている現実。
そうした、戦争の悲惨さ、残酷さを淡々と描いているだけに、かえって真に迫るものがありました。
ただ、そんな悲惨な状況が日常となった異常な状況下においてさえ、本書の少女たちは逞しく、
清冽な美しさを放っている。皆川さんの少女の描き方の実に巧いこと。こう言っては差し障りが
あるかもしれないけれど、以前に読んだ同じミステリYA!シリーズの早見裕司さんの「満ち潮
の夜、彼女は」と比べると、同じ女子学校を舞台にした作品でも描写力の差が歴然と出て
しまったように思います。謎の提示の仕方も魅力的で、一体最後はどうなるのだろうと
はらはらしながら読みました。ただ、作中作が作品の大部分を占めている為、肝心の事件
の謎解きまでが長く、やや冗長に感じるところもあったのですが。

女学生らしい意地の悪さと稚気を感じるあだ名のつけ方なんかも秀逸。異分子だからイブ。
がりがりの痩せっぽちだからガッコツ(ガイコツでは直截的すぎるので婉曲的に)。下品
な先生には下卑た蛸でゲビタコ。死と隣り合わせの時代に生きて尚、少女たちはユーモア
を忘れない。こういう、少女たちの逞しさが嬉しくなりました。

ミッションスクールの律子と杏子の二人のキャラが良い。なんとなく恩田さんの描く女生徒
に雰囲気と関係が似てるかな、と思いました。二人の間に醸しだされる濃密で甘美な世界。
世界の名作文学や名作絵画に関する上質な会話や優雅なダンスを踊る様はまさに貴族の世界の
住人のような気高さを感じました。
それとは対称的な阿部欣子の、美しくはなくとも、逞しさを感じるキャラも好きでした。

とにかく、雰囲気に圧倒される作品でした。ミステリとしても面白かった。作中作を
巧く使って読者をミスリードさせ、「倒立する塔」という矛盾する謎が論理的に解き明かされる。
YAレベルとは思えない完成度の高さ。さすが皆川さんという感じでした。
細部まで凝った装丁や中のイラストも素晴らしいです。作品と内容がぴったり合っていて、
飾って置きたいような本。皆川さんの本って、どれも装丁が本当に綺麗なんですよねぇ。
読んでないけど書架に並んでいるとやたらに目を引くのです(「薔薇密室」なんかほんとに圧巻)。
これはやっぱり皆川さんのセンスの良さなんだろうな。文章も本当に美しい。
実力派の実力を見せ付けられたという感じでしょうか。面白かったです。