ミステリ読書録

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伊坂幸太郎/「バイバイ、ブラックバード」/双葉社刊

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伊坂幸太郎さんの「バイバイ、ブラックバード」。

星野一彦は、借金の為、二週間後に得体の知れないバスに乗ってどこかに連れて行かれる運命に。
バスに乗ったら、もう二度と同じ日常には戻って来れないだろう。一彦は、バスに乗る前に、
付き合っていた5人の彼女たちにお別れを言う為、『監視者』の繭美と共に一人一人のところを
訪れるのだが――太宰治の未完の絶筆『グッド・バイ』から着想を得た、1話50人の為の
『ゆうびん小説』、ついに書籍化。


伊坂さんの新刊。双葉社が企画した「ゆうびん小説」という変わった形で発表された作品を
単行本化したものだそう。「ゆうびん小説」って何ぞや?って感じですが、一話書き上げる毎に、
抽選に応募して当選した50人の人にそれを送って読んでもらう、というものだそうです。
ある意味、これも最近の伊坂作品の傾向にある『実験的な小説』のひとつなんでしょう。ただ、
作品自体は、初期からの伊坂さんらしい作品に仕上がっていると思います。キャラ造詣の良さ、
会話文の洒脱さに加えて、泥棒ネタや、笑える要素、ほろりとさせる要素がまんべんなく散りばめ
られていて、とても楽しく読めました。主人公の5股に加え、外見的にはマツコ・デラックスかと
思われるようなビジュアルなくせに、やたらに高飛車で傲岸不遜な繭美の言動など、一見不快にしか
感じないような要素が多いのに、読んでいると、なぜかこの二人がどんどん好きに思えてくるから
不思議です。一彦の5股は、女性からしたら許せない行為には違いないのですが、一彦がどの女性
とも真剣に付き合い、愛情を注いでいたのがわかるし、彼の純粋な人柄も伝わって来るからどうも
憎めなくなってしまう。繭美は繭美で、誰に対してもやたらに上から目線な態度で、アンタどんだけ
偉いんだ、とツッコミたくなるような言動ばかり。でも、なぜか痛快に思えてしまう。この辺りの
キャラ造詣の絶妙さはさすがとしか言いようがないですね。一彦がなぜバスに乗る羽目になった
のか、その辺りは結局最後まで明かされません。あくまでも、一彦が付き合っていた5人の女性
たちと、それぞれどのように出会って付き合って、お別れするのか、がメインのストーリー。
だから何だって思うようなお話とも言えるのですが、これがそれぞれ、なかなかに心に沁みる
物語になっていて読ませてくれるのです。それぞれにページ数は少ないけれど、じんわり心に
残るお話ばかりでした。そして、何といっても、書き下ろしのラスト一編が秀逸。特に最後の
繭美の行動がなんとも痛快で気持ち良い。読み終えて、爽快な読後感に包まれました。もちろん、
最後の最後で「かかった」と思っていいんでしょうね、これは。「した」で終わってるところが、
いいですよね(読んだ方なら、意味がわかるはず)。
「ゆうびん小説」という、変わった形態で出された作品ですが、内容は実に伊坂さんらしい
洒脱で小技の効いた作品になっていると思います。着想を得たという太宰の『グッド・バイ』
の方も読んでみたいです。絶筆となった作品がこういうタイトルというところが、何とも
意味深ですが。やっぱり、太宰は自らの死を意識して書いていたのかな。

一彦が付き合っていた5人の女性の中では、キャッツアイ女の如月ユミが面白かったな。泥棒が
趣味って(苦笑)。数字が趣味の神田那美子のお話も良かった。特にラストが切なくて、じーん
としてしまいました。もちろん、女優有須睦子のパンのくだりもね。一見、一彦はどの女性とも
対して深く付き合ってなかったのかな、と思えるのだけれど(なんせ同時に5人と付き合っていた
訳だし)、実はどの女性に対しても真摯に深く愛情を注いでいて、相手からも同じように愛されて
いたのがわかります。でも、だからといってやっぱり5股は許しがたいと思うけれどもね。

こういう小説を書いてくれてる限りは、第二期の伊坂さんも大丈夫って思えるな。やっぱり、
私はこの人の書く世界が、文章が、大好きです。